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リリカルなのは Nightmare クロス元:舞-Hime 最終更新 08/01/27 プロローグ 闇夜に輝く凶星 TOPページへ このページの先頭へ
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ホテル・アグスタの警護を滞りなく果たした六課は、主催者側からの賛辞を得てまた通常の任務に戻っていった。 ホテルでの一件は、参加していた六課の人員に強い影響を残していた。 簡単な検査を行った後、六課はゼスト・グランガイツの遺体を引き渡したが、彼と取り逃がしたルーテシアについて詳細な調査を行った。 その結果、幾つか六課にとって驚くべきことが判明していた。 ゼストは、管理局局員で既に死んだはずの男だった。 ルーテシアは、ゼストと共に全滅した部隊にいた局員の娘で、全滅後暫くしてから消息を絶っていた。 命令が行く前にゼスト達が行動を起こした為、ゼストの部隊が全滅する直前に調査任務を解かれていたことは記録に残っておらず六課は知ることは出来無かった。 だが、レジアス中将の親友だった事は判明しており、個人的に顔を合わせる機会のあるRXが詳しい話を聞くことになっている。 ゼストについては、結果的に再び殺してしまったRXのショックが大きかったようだが、他の皆はスカリエッティに対する義憤を燃やすことで、気持ちの整理をつけるのは(簡単にとはいかないが)不可能では無かった。 戦闘機人事件を追って殉死した局員が改造を施されまだ生きていたことは許しがたいが、まだ対処できる問題だった。 だが遺族、それもまだ年端もいかない子供が、行方不明となり全く接点の無かったはずの犯罪者に従っている。 恐らくはなんらかの改造も施されているというのは、自分達の所属する組織に対する信頼を揺るがしていた。 自分に何かあった時…家族が自分を殺した犯罪者に引き渡され、犠牲になるかもしれない組織にこれまでと変らない態度で勤務を続けられる程、六課に集められた人員はタフではなかった。 陸のボス『レジアス・ゲイズ』がスポンサーの一人なのだから何を今更という話だが、実はそのこと自体がまだ六課の殆どの人間には知らされていない。 最終的には上へ報告され、レジアスは職を辞する事になるだろう。 だが、現状その事を利用しているし、何より六課の『本当の設立理由』を果たす為にはレジアスの能力があった方が対処しやすいからだ。 有体に言ってしまえば、レジアスの事を教えられた者達にとって今レジアスがいなくなるのは困るのだ。 話を戻そう。 レジアスのことは教えられたRXからクロノやはやてら数名が教えられ、そう判断したがゼスト達のことは六課の殆どの人間が知っており、皆関心を払っていた。 結果、調査結果は六課の隊員達に瞬く間に伝わったのだった。 将来有望で、才能溢れる若きエリートが集められた六課だからこそ強く作用しているのかも知れない。 世界を救った経験はそこそこに積んでいるからこそ、彼らはまだ理想を持って仕事をこなしていた。 だからこそ彼らはその結末の悪い例を見せられ、強く動揺していた。 だがそんな彼らの中で最も若い人員が集まる前線部隊は、それとは別の「…だから強くなりたいんです!!」 「少し、頭冷やそうか…」 低く抑えた声の直後、なのはの腕に光弾が6発生まれ、その一発がティアナへ撃ち出される。 ティアナが何時も使っていたクロスファイアシュート…それもティアナのベストデータと同じものに調整されたものが直撃する。 爆発の中に消えるティアナの名を、スバルが悲痛な声で呼んだ。 新人達4人のチームリーダーを務めるティアナが、煙の中から現れる… また彼女自身が常日頃使っているのと同じ魔法は、後5発分用意されている。 だがティアナが複数の誘導弾を放つ所をなのはは1つに集めた。 そうして砲撃のようにして撃ちだすことで生み出された、同じ魔法とは思えない威力がティアナを襲った。 「ティアナアァァァァッ!!」 前線部隊は、また別の問題を抱えているようだ。 「エ、エリオ・モンディアルですが、職場のふいんきが最悪です」 なのはのお仕置きを受けて意識を失ったティアナは、医務室へ運ばれていく。 このまま残しておいても身が入りそうにないスバルとお仕置きをしたなのはも、一緒に医務室へと歩いていく。 なのはは、模擬戦の途中でデバイスを解除し、手に傷を負ったのでその治療を行うためでもあった。 容赦のない落とし方に呼吸するのも忘れていたエリオの肩に手が置かれた。 肩を叩かれて、我に返ったエリオは自分の肩に手を置いたRXを見上げる。 腕組をし、厳しい表情のヴィータや、心配そうになのはを見るフェイトを背景に見上げたRXの顔からは、何も読み取る事が出来なかった。 * 通常の勤務に戻った新人達は、また訓練漬けの日々に戻っていた。 その日もまた訓練の成果を見るために行った午前中最後の模擬戦。 新人4人の内、先ずティアナとスバルの2人が模擬戦を行った。 2人はその中で、訓練中には全く使用しなかった(恐らくは二人で特訓して編み出したのだろう)戦法を見せた。 その何がなのはの逆鱗に触れたのかエリオ達にはわからなかったが、なのははデバイスを解除し、その状態で二人を完膚なきまでに叩き潰した。 「次はエリオ達の番だ」 「は、はい…! ティアナさんのことは」 「心配ない。なのはちゃんは教え子を傷つけたりしないさ」 なのはの腕を信頼しているらしく、RXの声は自信に満ちていた。 「そうだよエリオ、キャロ。ちょっと派手に倒されちゃったから心配するのも分かるけど、ティアナのことは大丈夫。今は自分達の事をしっかりやらないとダメだよ」 「わ、わかりました…!」 「フェイトさん…はい!」 二人に言われ、これまでのきつい訓練のことを思い出したエリオ達は素直に返事を返し、模擬戦に挑みに行く。 RX・フェイト・ヴィータの3人が残され、模擬戦の場所へ向かう二人が扉を閉める音が響いた。 「ティアナちゃんも心配だけど、なのはちゃんは大丈夫なのか? 3人は上手くいってると思ってたのに」 ティアナを撃墜するなのはの様子が普段とは違っていたせいかRXが言う。 「はい…なのはの事は、私が後でフォローしておきます」 「頼んだぜ。なのはの奴、訓練が終わった後も夜遅くまであいつ等の為になんかやってたからな」 ヴィータの言葉にフェイトは頷いて、デバイスを起動した。 「じゃあなのはの代わりに私が二人の模擬戦をやりますね」 フェイトが空へと浮かび、直ぐにエリオ達の模擬戦が始まった。 「ティアナも昔ちょっとあってさ。なのはに何も言わずにあんなことやったのは、多分そのせいだな」 「そうか…」 ティアナは天涯孤独の身だ。両親は彼女がごく幼い頃に事故死し、以降は管理局の局員だった兄ティーダに育てられてきた。 だが、ティアナが10歳の頃彼もまた職務中に殉死してしまう。 その際、兄が所属していた部隊の上官から無能扱いされた事をきっかけに、「兄の魔法は役立たずではない」と証明するため、ティアナは管理局入りを志したのだ。 だからティアナは、強くなるため、証明するためには無茶をすることがあり、なのは達はそれを気にかけていた。 本人以外が軽々しく話すような事情ではないのだろうと、RXはその内容について尋ねはしなかった。 「……なぁ、お前はアレ、どう思った?」 「ティアナちゃんのことかい?」 「ああ」 「…俺は専門家じゃないから良くわからない「お前の意見も聞いときたいんだ。いいからはっきり言えよ」……よくわからないんだ」 模擬戦の行方を見ながら、RXは言う。 「何のつもりで特攻したのか、俺にはわからない」 ヴィータがRXの方を向くと、少し口篭りながらRXは付け加えた。 二人が最後に見せた作戦は恐らくこうだ。 スバルが突撃し敵に食らいついて撹乱を行い、足止めされた敵を更にティアナが近接戦に突入し、スバルのブレイクとティアナのダガーの同時攻撃により敵の防御を破壊し制圧する、というものだ。 撹乱するだけでなく、ティアナが幻術を使うことで敵に正確な位置を悟らせないよう工夫されており、接近戦用にティアナは新しくデバイスの先に刃(ダガー)を形成する魔法も習得していた。 「そういえばあの魔法、(俺は初めて見たんだが、)前から使ってたのか?」 考えている内に気付いたのか、RXはヴィータに尋ねた。 「いや、あたしもはじめて見た。ヴァイスから最近訓練の後個人的に特訓してるって報告が上がってたから、多分それで覚えたんだろ」 「そうだったのか…なのはちゃんには基礎をやるようなことを聞いていたから、精度を上げたりする為の特訓をしてると思ってたんだが」 だが、スバルに空中に浮く敵までの足場を用意させてティアナが接近戦に突入する理由はRXにはわからなかった。 彼女等が相手にする相手には、補助魔法もかかっていないティアナが割り込む余地などない。 何より、RXもティアナの気持ちを把握していなかった。 「………現場では絶対に使って欲しくないな」 「そだな…陸で普段扱ってた事件なら使い所もあるのかもしれねーけど。あの馬鹿…焦ったせいで、六課で求められてるのがもっと上のレベルだってこと、忘れてんじゃないか?」 エリオとキャロの動きをチェックしながら、ヴィータが悩ましげに言う。 近接魔法を覚えたのは、将来はフェイトと同じ執務官を目指しているためかも知れない。 それにもし警備の一件があった後からあの魔法を覚えたのなら賞賛に値する。 だが、それは個人的に見せればいいもので、模擬戦に持ち込むとなると当然のことながら評価の基準は大きく変る。 もう素人ではないのだから、恐らくティアナはその上で本気で最低限の水準にはあると判断したのだろう、とヴィータは考えた。 だが六課が想定している相手は、例えばスカリエッティの一味、ガジェットや戦闘機人だ。 スバルやエリオに近いレベルで接近戦を行うスキルがあるのなら話は別だが、今のティアナのスキルでは自殺行為に等しい。 模擬戦ででも、選択肢に入るようなものではない。 まして、高速で空中を自由に飛び回っているなのは相手に、スバルにそこまでの足場をわざわざ作らせてまで行うなど正気の沙汰ではない。 「…まさかティアナの奴、模擬戦を自分の能力をアピールする機会と勘違いしてんのか?」 「え?」 RXに返事を返さず、ヴィータは顔をしかめた。 手塩にかけて育てようとしている教え子に(本人にそのつもりはなかっただろうが)、突然捨て身で接近戦を挑まれたなのはが受けたショックの大きさを考えていた。 捨て身など、なのは達は全く教えた覚えがない。 二人は、模擬戦が終わるまで一言も口を利かなかった。 先の二人があんな形で撃墜された事が尾を引いているのだろう。 最初は動揺が見られたが、悪くない出来だった。 「もう終わりだな…RX、悪いけど」 「気にしないでくれ。二人の様子がわかったら俺にも教えてくれ」 「ああ。サンキュー。ちょっとなのはと話すから、終わってもあいつ等は連れてくんなよ」 RXと別れたヴィータは、医務室へ向かって床を蹴る。 心配から自然と急いでしまうヴィータは、元から然程距離の離れていない医務室までの距離をものの1,2分で移動し、治療を受けたなのはと知らせを聞いて様子を見に来たシグナムの二人と鉢合わせた。 ヴィータの姿に気付いた二人が話しを止める。二人に言われて先に上がらされたのか、スバルの姿はそこには見えなかった。 「ヴィータ、訓練はどうした?」 「あれヴィータちゃんどうしたの?」 「お前らの様子を見に来たんじゃねぇか」 「大げさだなぁヴィータちゃんは。怪我って言ってもこれだけだよ? ティアナは疲れててまだ目が覚めないけど心配する事なんて」 そう言ってなのはは絆創膏の貼られた手を見せる。 「そっちじゃねぇ!! ティアナのことだ」 「ティアナは、ちょっと頑張りすぎちゃっただけだよ。今は疲れで眠っちゃってるから、起きたらお話ししないと」 「頑張ってじゃねーだろ。あの馬鹿、混乱してるだけじゃねーか」 「ヴィータちゃん…そうじゃないよ。ティアナは、短期間で戦力を増やそうとして」 「ふざけんな。お前だってわかってんだろ…お前の足が止まって、しかもお前は幻術で一時的にティアナの位置を見失ってた。もしリスクの高い接近戦なんか挑まないで、普段通りクロスファイアシュートを使ってても確実に当てられたはずだ!!」 なのはのティアナを庇おうとする態度に苛立ったのか、ヴィータが声を荒げた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「無茶して味方を撃っちまったから、近接魔法覚えましたって射撃型魔導師が、どんな風に見られると思ってんだ!? あたしが指揮官ならそんな奴怖くて使えねーぞ!!」 ティアナに求められているのは、センターガード。 このポジションは、チームの中央で誰よりも早く中・長距離戦を制する役目であり、同時に他のポジションへの指示を含んだ前線での戦術レベルの指揮能力も求められる。 あらゆる相手に正確な弾丸を選んで命中させる判断速度と命中精度は必須だ。 そのセンターガードが、味方に誤射を繰り返せば…無論必須となる判断速度と命中精度が低く、他のポジションを把握しているかが疑わしくなる。 だが別に、なのは達はホテルでの誤射は問題視していなかった。 しかし、自分の命を無意味に危険に晒すような戦術を選ぶような者… それも事情を知る人間から見れば、生い立ちから射撃に拘っていたティアナが、射撃に自信を失くしたとも取れる選択をしたことは大きな失点だった。 「私も、基本的にはヴィータの意見には賛成だ…これでまだ駄々を捏ねるようなら、一度甘ったれた根性を叩き直してやらねばならん」 シグナムまでヴィータの辛辣な意見に同意する。 なのはの表情が一瞬曇る。そんな彼女等の背に声がかかった。 「そこまでや二人とも」 「はやてちゃん」 二人の事を聞いて様子を見に来たらしいはやては、なのはの元気そうな様子を見て安堵した様子だった。 特に、はやてと共にやってきたシャーリーの様子は大げさな程だった。 「模擬戦中トラブルがあったって聞いて来たけど、なんや。思ったより深刻みたいやな」 「大丈夫だよ…私に任せて!!」 なのはが殊更明るい笑顔で言う。 はやてもにっこりと笑ってそれに応じた。 話しを聞いていたのか、ティアナの様子については尋ねなかった。 「勿論や!! ティアナは六課の期待の新人なんやから。頼むで、なのは教導官」 「はい、はやて大隊長!!」 その様子にヴィータ達も矛先を納めたのか、困ったような顔で笑う。 和らごうとした雰囲気に水を差すように、シャーリーが口を開いた。 「でも、どうしてティアナちゃんは、なのはさんに相談しなかったんでしょう?」 「ん~…それもそうやなぁ。それがわからんと今後同じことが起きる原因になるかもしれんし」 医務室の前で皆暫くティアナの事を考えて見たが、どうしてなのは達に一言の相談もせずにこんな真似をしたのか思い至る者はいなかった。 誤射した事をティアナが大きなミスと考えていることも、他の隊員達と自分を比べて自分には才能がないと劣等感を感じていることもなのは達の誰一人として気付いてはいなかった。 「ま、ここでずっと考えてても仕方ないし、お昼にしよか」 理由がどうであれ、全てはティアナが起きてからと彼女等はそれぞれの仕事に戻る為食堂に向かっていった。 「あ、そうだ。アイツラにも教えてやらないとな」 その途中、ヴィータは模擬戦の評価をしているであろうフェイトらにティアナの容態を連絡をした。 ティアナがまだ目覚めるには時間がかかると教えられた新人達は心配そうな顔をしていた。 昼休憩に食堂の雰囲気を悪くするテーブルが一つ増えるのは確実だろう。 なのは達が連れ立って食堂に到着すると、食堂の中は案の定これまでにない憂鬱な空気を漂わせていた。 一緒に訓練を上がった後、4人はいつも共に食事をしている。 都合がつけば隊長達がその近くのテーブルで食べ始め、皆で談笑しながら食べる事になる。 なのはにお仕置きされ、ティアナもいない三人のテーブルはそんな光景を見慣れた人間には、物寂しく映った。 他にも何組か食堂の雰囲気を悪くしている者達がいたが、はやてはゼストの件については特に心配はしていないし、彼女の方から何かするつもりもなかった。 六課の隊員達は相談する相手も持っていれば、時間さえあれば自分自身で折り合いをつける強さも持っているという自信がはやてにはあった。 それに六課のムードを作り出すのは、結局の所隊長達。そして今雛鳥から脱しようとしている新人達だ。 彼女等はこの問題では全くぶれない。 隊長達は言うまでもないし、新人達もそれぞれ故人やなのはやフェイトといった人物への思慕が強いからだ。 だからはやてとしては、六課は放っておいても徐々に調子を取り戻すだろうと確信していた。 だがそれと手塩にかけて結成した部隊をかき乱されて気分がいいかというのはまた別の問題で、はやてはなんとなく恋人の唇を奪われた紳士のような気分でぼやきながら食堂へと入っていった。 「スカリエッティ…あんたがこうなることを狙ってたんならそれは予想以上の効果を挙げたで」 100倍返しにしてやることを誓いながら、表面的にははやては笑顔を浮かべ続けた。 はやてが六課を良い方向に向かわせると期待している新人達の一人が目覚めたのは、日が完全に落ちてからのことだった。 * 日が落ちた六課のヘリポートで、幾つもライトが点けられる。 前線部隊の輸送用に六課に配備されたヘリが闇に浮かび上がる。 六課の隊長達、目覚めたばかりのティアナも含めた新人4名が駆け足でヘリの傍に集合していく。 「今回は空戦だから、出撃は私とフェイト隊長、ヴィータ副隊長の三人」 先ほど東部海上にガジェット・ドローン2型が多数確認されたことを受けて、彼女等に出動命令が下ったのだ。 確認されたガジェット2型は以前確認されたものよりも格段に性能を増しているという報告が上がっていたが、それでも三名で容易く蹴散らす事が出来ると彼女等は判断していた。 「皆はロビーで、出動待機ね」 「そっちの指揮はシグナムだ。留守を頼むぞ」 集まった彼女等は新人達は緊張していたが、隊長達は笑みさえ浮かべリラックスしており、午前中の騒動などなかったような様子だった。 だがティアナに顔を向けたなのはの顔に気遣うような色が浮かぶ。 「ああ…それからティアナ。ティアナは、出動待機からはずれとこうか」 「その方がいいな、そうしとけ」 皆が色を変える中、逸早くヴィータが同意を示した。 ティアナが俯くのを見て、なのはがまた口を開き理由を付け加える。 「今夜は体調も魔力もベストじゃないだろうし」 「言う事を聞かない奴は、使えないって…事ですか?」 俯いたままティアナが沈んだ声を出す。 その言い草に、なのはが眉を吊り上げて厳しい声で言う。 「自分で言ってて分からない?当たり前の事だよ、それ」 反発するようにティアナの顔が上がり、焦りに満ちた目がなのはに向けられる。 「現場での指示や命令は聞いてます。教導だってちゃんとサボらずやってます。それ以外の場所での努力まで、教えられた通りじゃないと駄目なんですか?」 目に涙を浮かべて言うティアナに、ヴィータがムッとした顔で詰め寄ろうとする。 だが二人の間をなのはの腕が遮り、ヴィータは足を止めた。 物言いたげにヴィータは、なのはの横顔を見る。なのははただ悲しげに、ティアナの目を真正面から見返していた。 他の者達も皆、ティアナの感じていた想いをジッと聞こうとしていた。最も近くにいた新人達さえ、意外そうな顔をしていた。 「私は!なのはさん達みたいなエリートじゃないし、スバルやエリオみたいな才能も、キャロみたいなレアスキルもない。少し位無茶したって、死ぬ気でやらなきゃ強くなれないじゃないですか!?」 横合いからティアナの胸倉が掴まれ、顔に拳が叩き込まれる。 ティアナがそんな風に考えていたとは思いもよらなかったのか、皆反応が一瞬遅れていた。 「「シグナムさん!?」」 「心配するな、加減はした。駄々をこねるだけの馬鹿はなまじ付き合ってやるからつけあがる」 ただ一人、特に変った様子もないシグナムはそう言って、ヘリを横目で見る。 「ヴァイス。もう出られるな?」 「乗り込んでいただければ、すぐにでも」 ヘリのパイロットを務めるヴァイス曹長が窓から顔をだし笑顔で答えた。 緩やかにヘリのプロペラが回り始める。 殴り飛ばされ、倒れたティアナをスバルが駆け寄って抱き起こした。 だがティアナはすぐに立ち上がろうとしない。 そんな様子を心配そうに見遣ったものの、フェイトがヘリに乗り込んでいく。 「ティアナ!! 思いつめてるみたいだけど、戻ってきたらゆっくり話そう!!」 「だから、付き合うなってのに」 なのはの腕を引いて、ヴィータが連れて行く。 ヘリの窓から顔を見せながら、フェイトが念話でエリオ達に言う。 "エリオ、キャロ。ごめん、そっちのフォローお願い" "は、はい""頑張ります" 半ば反射的に、返事を返したものの二人の子供は自分から何か動き出す事は出来なかった。 3人を乗せたヘリが飛び立ち、ヘリポートにはシグナムと新人達が残された。 見送りを終えたシグナムの厳しい視線が、ティアナに向けられる。 「目障りだ。いつまでも甘ったれてないで。さっさと部屋に戻れ」 フェイトに後を頼まれた幼い二人が、慌ててシグナムとティアナの間に入り、この場を収めようとする。 だがティアナを抱き起こしていたスバルが眉間に皺を寄せ立ち上がった。 「シグナム副隊長」 「なんだ?」 威圧感を感じてか、これから言おうとする事に対する答えを恐れてか、スバルは暫し口を噤んだ。 「命令違反は、絶対駄目だし、さっきのティアのものいいとか、それを止められなかった私も駄目だったと思います」 立ち上がろうとしていなかったティアナが顔をあげ、スバルを見た。 声を震えさせながら、スバルはシグナムへ言う。 「だけど、自分なりに強くなろうとか!!きつい状況でも、何とかしようと頑張るのってそんなにいけないことなんでしょうか!? 自分なりの努力とか、そういうこともやっちゃいけないんでしょうか!?」 徐々に体まで震えさせながら答えを欲しがるスバルにシグナムは表情を変えず、直ぐに答えることもなかった。 「自首練習はいいことだし、強くなるための努力も凄くいいことだよ」 代わりに、暗がりから返事が返される。ライトが照らし出すスバル達の所へと出てきたのは、オペレーターをしているはずのシャーリーだった。 「シャーリーさん…」 「持ち場はどうした?」 「メインオペレートはリィン曹長がいてくれますから」 「なんかもう、皆不器用で、見てられなくて…皆、ちょっとロビーに集まって。私が説明するから、なのはさんのこととなのはさんの教導の、意味」 いつになく張り詰めた表情で、シャーリーは言った。 後ろを振り返らずにロビーへと向かうシャーリーの後に、待機を命じられた全員がゆっくりと着いていった。 手の空いている者を皆ロビーに集めたシャーリーは、なのはの過去を語り始めた。 魔法を覚え、フェイトと出会った事件から始まり、なのはが重傷を負い、リハビリに励む映像迄シャーリーは新人達に見せた。 その間にフェイトが執務官試験を二度落ち、今でもそれを言われると凹む程気にしていたが、それには触れなかった。 「もう飛べなくなるかも、とか。立って歩く事さえ出来なくなるかもって聞かされて、どんな思いだったか」 「無茶をしても。命を懸けても譲れぬ戦いの場は確かにある。 だが、お前がミスショットをしたあの場面は、自分の仲間の安全や命を懸けてでも、どうしても撃たねばならぬ状況だったか?」 腕を組んだシグナムは落ち着いた声で、いつの間にか俯いていたティアナに言う。 「訓練中のあの技は一体誰のための、何のための技だ」 「なのはさん。皆にさ。自分と同じ思いさせたくないんだよ。だから、無茶なんかしなくてもいいようにぜったいぜったい、皆が元気に帰ってこれるようにって。本当に丁寧に、一生懸命頑張って教えてくれてるんだよ」 微かに潤んだ声でシャーリーが言い、彼女等は暫く誰も動きを見せなかった。 陸の手伝いを終えて六課に戻ってきたRXが、ロビーに漂う湿った空気に足を止めるまで誰も。 RXが戻ってきた事に気付いたザフィーラの合図で、シグナム達もRXに気付き席を立つ。 俯いて何か考えているらしいティアナへ時折顔を向けながら、RXは合図をして自分を呼ぶシグナムの元へと歩いていった。 二人は彼女等の目に入らない通路まで歩いていく。 適当な所まで移動し、シグナムは後ろからついてくるRXに言う。 「RX。お前は何も言うな」 「ど、どうしてだ?」 戸惑うRXは、早足でシグナムに追いつく。 「余り褒められた手ではないが、シャーリーが上手くやった。後はなのはがなんとかするだろう」 「どういうことだ?」 言いながら、RXが腕を掴んで、シグナムの足を止めさせた。 覗き込むように上半身を屈めてRXは顔を近づける… 「褒められた手ではないって言うだけじゃさっぱりわからない。教えてくれてもいいだろ」 「……あ、あぁ…いや、いいから。今は放っておけ。どうしても知りたければなのはに許可を貰えたら教えてやる」 腕を放させ、さっきより足早に歩き出すシグナムの態度に釈然としないものはあったが、RXは一先ず頷いておいた。 少し離れたシグナムが振り向く。彼女は早口にRXに言い放って、また歩いていく。 「わかったな? わかったら、今は任務中だ。待機していろ。いいな」 「わかった」 自分がシグナムにしたことに何か問題があったのか考えているらしく、RXは離れていくシグナムの背中に顔を向け直ぐには動かなかった。 30cm弱もの身長差があるとはいえ、シグナムはそんなことで怯むような人ではない。 考えても仕方ないと思い至ったのか、RXは一応自分が待機する場所として定められている場所へと向かった。 * 同じ頃、スカリエッティの研究所の一部が爆発を起こし、そこから放たれた矢のように一筋の光が外へと飛び出していた。 尾を引いていた光が収まり、進行方向をそれに備え付けられたライトが照らす。 今はまだ見えない家へ向けて、バイクを走らせていたのはセッテ。 姉に従いスカリエッティの元へ戻った彼女は、成り行きではあったが、目的を果たしたこともあり一足先に戻る事を決めた。 彼女がスカリエッティの元へと戻ったのは己の力不足を感じたゆえのこと。 暮らしていく間に親密になっていたが、それでもセッテは時折壁を感じることがあった。 その壁の一枚をセッテは実力不足のせいだと考えていた。 光太郎が見ていたムービーの中で、特訓を行うことでより強い力を得るという方法も見つけることは出来たが、突然現れた創造主がより手っ取り早い手段を彼女に示した。 自分の記憶や人格にまで手を入れられないか不安もあったが、ウーノを始めとする姉妹達がそれを阻むだろうと予想して、セッテは姉と共に光太郎の下から去り、創造主の実験に手を貸す賭けに出た。 だからこそ、姉妹の一人を死なせることになったクアットロの行いをセッテは到底許す事が出来なかった。 一歩間違えればセッテが対象だったかもしれないし、何よりスカリエッティ以外の、よりにもよって姉妹からこれまでより残虐な実験が成された事が衝撃だった。 にも関わらず、クアットロは相変わらず茶化すような態度で再改造を終えたセッテの前に現れたので……セッテはその顔を思いっきり殴りつけた。 壁にクアットロがめり込むなり、即座にアラームが研究所内に鳴り響き、モニターが開く。 「ウーノ姉さま」 『セッテ!! 貴女何やってるのよ!?』 「思わずカッとなって…」 『こ、光太郎の悪い所ばかり真似して…』 「お兄様は色々とアレなエピソードには事欠きませんが、こんなことはしませんよ」 呆れてものが言えなくなったのか、ウーノは無言でセッテの目の前に脱出経路が描かれた別のモニターを開く。 描かれているものが何かすぐに理解したセッテは、確認しながら走り出す。 変身するまでもなく、蹴り飛ばされた扉が壁にめり込み、彼女はアラームが鳴り響く廊下を駆けていった。 「ありがとうございます。お礼にお兄様とあったらフォローしておきますね」 『それは誤解よ。ドゥーエじゃあるまいし私は』 地図に従い水槽の並ぶ通路を通り抜けたセッテは、足を止めた。 一瞬の間を置いて、セッテは振り返り、水槽の並ぶ通路へと戻る。 そこには紫色の髪を伸ばした少女が水槽を見上げていた。 「おいお前!! このアラームは何なんだよ!?」 その肩に掌サイズの少女(…聞いた話では確か融合型デバイスらしい)もいて、セッテに状況を尋ねてくる。 二人の事は、クアットロから聞かされていた。 ルーテシアはアラームや、セッテの事を気にも留めずに一つの水槽を見上げていた。 水槽の中には彼女の母メガーヌが眠っている。地図を表示したモニターに向かって、セッテは言う。 「ウーノ姉さま。ルーテシアとメガーヌも連れ出します」 『ちょっとセッテ!? 貴方何を言って』 「出来なくはないはずですね。後でメガーヌを目覚めさせる方法を教えてください」 そう言って、セッテは無防備なルーテシアに拳を叩き込む。ルーテシアから引き離そうと融合型デバイスが炎を作り出すが、ブーメランブレードをぶつけてそちらも気絶させる。 モニターの向こう側でウーノがどんな顔をしているか…見ないようにしてセッテは両肩に荷物を背負って脱出ルートへと戻っていった。 片方には少女と融合型デバイスを、逆の肩には鞄を背負うように母親が入ったままの水槽を。 水槽の方は見た目には無茶もいい所だが、肉体を強化されているセッテには余裕で持ち運べる程度の重量でしかない。 荷物を背負いながら通路を駆け抜けたセッテは、通路の先にある扉を蹴破って、置かれていたバイクを見つけて笑みを浮かべた。 戻って以来、久しぶりに見る愛車は以前より少しばかり棘棘しい外観になっていたが、構わずに彼女はバイクに飛び乗る。 セッテの意志によってエンジンにすぐ火がついた。 どれ程注意を払っても片手で持ったままではメガーヌが水槽の中でちょっとばかりシェイクされてしまうかもしれないので、セッテはバインドを使ってブーメランブレードに水槽を括りつけた。 強化を施された彼女の武器は、デバイスあるいはガジェットに使っている技術を搭載しているのか水槽を括りつけられたまま宙に浮かび、セッテの意志に従って動き始めた。 気絶させたルーテシアと彼女の肩に乗っていた融合型デバイスをバイクの腹に乗せ、愛車が走り出す。 愛車の改造は既に終わっているのか、以前よりも更に彼女に馴染んだ。グリップ一つとっても、実に良く馴染む。 スカリエッティの手腕にゾッとしながらも、ウーノの指示した通りの道を使い、セッテは施設から脱出していった。 車体が生み出す熱、肌にぶつかっていく風を感じて気分が落ち着いたせいか、衝動的に動きすぎている自分にセッテは少し違和感を覚えた。恐らく改造を施された影響による一時的なものだろうか? 無計画過ぎて、クアットロが死んだかどうかも確認できなかったし…姉であるクアットロを殴りつけたことを後悔していないが、スカリエッティの考えで動いているのではとは思いたくなかった。 クアットロにも強化がされていない限り、再改造でよりパワフルになったセッテに殴られて生きてはいないだろうが。 …そんなことを考えながら荒野を走り続けて暫く、セッテは後ろを気にするのを止めた。 ルーテシアまで連れ出したのに追っ手が来ない。妙だが、ウーノが上手くやったのだろうか? 彼女は呟いた。 「変身…!!」 甲冑が彼女の肌の上を覆い隠し、RXのデザインをスカリエッティの解釈で再現した姿へと、彼女の愛車もセッテに合わせて姿を変えた。 更に速度を増して、バイクは荒野を駆け抜けていく。音速を超え、音の壁を貫いて進む彼女の下腹部…ベルトのバックルが光り輝き、連動してバイクもその光を放つ。 ミッドチルダでは何度か確認されたレリックの光が、前面に備わったライトよりも明るく闇夜を照らした。 まだ同居していた頃に使っていた通信画面が起動し、RXの姿が映し出される。 年端も行かない子供(新人達やシャーリー)と草むらの影から妙齢の女性二人(なのはとティアナ)をストーキング(見守っていた)するRXにセッテは咎めるような目を向けた。 『セッテ…!? これは、いやそれより何故セッテが』 「…メガーヌ・アルピーノとルーテシア・アルピーノを確保してドクターの所から脱出してきました。メガーヌの回収をお願いできませんか?」 モニターの向こう側で、RXが力強く頷く。 何かを感じたセッテの体が総毛だつのは、その直後の事だった。 前へ 目次へ 次へ
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RXに連絡を取った直後、セッテは地面を蹴っていた。 乗っていたバイクごと浮かび上がった体は、更に突風に煽られ若干遠くへと吹き飛ばされる。 空中で体勢を立て直すセッテが見たのは、手足に光る羽をつけた姉だった。 同時に彼女が運んできたのか、もう一人セッテより頭一つ分ほど背が低く、小柄な女も進路上に降り立つ。 セッテはバイクを止めた。 トーレと、恐らくはディード。光太郎の所に行っていたせいでディードとは顔をあわせていなかったが、恐らく間違いない。 セッテ達スカリエッティの生み出した戦闘機人には、動作データの蓄積・継承の機能があり、姉妹達のデータを共有する事で完全な連携や自身の経験蓄積を補うことができた。 それを参照すれば、余り関わりのない姉妹達でも誰か位は判別する事ができる。 「トーレ姉さまと、ディードですか?」 「そうだ。セッテ、事情を聞くのは後だ。今すぐドクターの下へ戻れ」 二人に視線を走らせるセッテに、年長のトーレが口を開いた。 「ドクターの所に戻るつもりはありません。また改良してもらう必要があれば戻るかもしれませんが」 「腕ずくで戻す事になるぞ」 「トーレ姉さま。それよりも何故クアットロやドクターを自由にさせておいたのですか?」 身構える二人に、セッテは尋ねた。 痛いところを突かれたのか、トーレの動きが止まる。 「姉妹にあんな事をさせるなんて、ドゥーエ姉さまもとても怒っていましたよ」 「あの件については弁解の言葉も無い……チンクがドクターに振り回されているのは気付いていたのだが」 時間を少し稼ぐ程度のつもりだったセッテは、トーレの態度に戸惑って思わずディードの方へと目を向けた。 見れば、ディードも俯いてしまっていて、失われたのが誰であるかセッテはなんとなくわかったような気がした。 ブーメランブレードを操作する精度も下がっていたのか、何かに引っかかって水槽を運ばせていた2つが墜落する。 まだセッテの待つ相手はこの場所に現れない……セッテは時間を稼ぐ為に更に二人に言う。 どういう風に話せば話を長引かせられるかは検討もつかないが、RXらの救援を待ってルーテシアとメガーヌを引き渡すのが優先事項だった。 「ドクターもクアットロも必要なら姉妹達にあんな真似をするのにどうして協力を続けられるんですか!?」 二人の性能について、セッテは知っている。 トーレの身体能力は以前のセッテの1ランク上。 頑強な素体構築と全身の加速機能によって成される飛行を含む超高速機動能力。 そして固有装備である手足に生えた8枚の羽のようなエネルギーの刃で敵を切り裂く。 ディードの身体能力は以前のセッテの2ランク下。 能力は自身のエネルギーを使用して実体化、固定した双剣だ。 以前ならディード相手なら兎も角、トーレには勝てなかっただろう。 だが今の再改造を受けたセッテの性能なら、二人相手でもどうとでもなる。 しかし、セッテが再改造を施されたように、彼女等も同じ改造を受けていないとは言い切れなかった。 判断するには、データの更新時期が若干古い。 「お前こそどういうつもりだ!! 何故、クアットロに暴行を加えて脱走した!? 怒る気持ちは分かるが、やりすぎだ」 「それは……」 怒鳴りつけられたセッテは答えに困った。 ウーノに言ったように「カッとなってやった。反省はしていない」などとトーレにいえば、問答無用で連行される事になるのは目に見えている。 セッテが返答に窮していると、説得をするためディードも口を開いた。 「トーレ姉さま。クアットロの件はどうでもいいですが、このままでは生みの親であるドクターを裏切ることになります。それはどうかと思いますよ」 「ディード、口を慎め。同じ姉妹だぞ」 口を挟んだディードは、感情的に腕を振るいトーレに言う。 「クアットロのやったことは許せません!! オットーをあんなものに…!!」 「口を慎めと言ったぞ。それについてはもうペナルティが加えられたはずだ」 「どこがですか!? ドクターの決めたことでも、あれじゃあ余りに…」 「黙っていろ!! 今はセッテを連れて帰るのが先だ」 渋々ディードが黙りこむと、トーレはセッテに向き直った。だがセッテの方は、むしろ黙らされたディードの方へ意識を傾けて言う。 「姉妹にあんなことが起きるようなところに戻りたくないって言うのは当然でしょう? むしろ二人も一度私と来ませんか?」 「馬鹿な事を言うな。無理の無いローテーションを組むには、人数は減らせん」 「そんなはずありません。ディード、貴方はどう思います?」 「私ですか? 私は……」 「答えなくていい」 答えようとするディードをトーレが睨みつけた。 「二人とも、ドクターがお待ちだ。戻るぞ」 「ディード、ドクターの所にいても良い稼動データを取る機会も少ない。貴方にそのつもりがあるのなら、私のように強化できる」 「……トーレ姉さま!! 私は、セッテ姉さまの言う事も一理あると思います」 現在の状況に不満があったのだろう、ディードはセッテの申し出にあっさりと乗り同調を示した。だがトーレは、セッテの言葉を聴いて殺気だっていた。眉間に皺を寄せたトーレがセッテを睨みつける。 「そのつもりがあるのなら!! セッテ。お前にその気はあるんだろうな。…それなら妹達のことを考えよう」 セッテはディードを一瞥し、一呼吸置いてから答えた。 「私はドクターの下へ戻るつもりはありません。戻るとすれば、ドクターを利用するか捕らえる時になるでしょう」 「ドクターは生みの親だぞ!? 光太郎に何を吹き込まれたのか知らないが、それを裏切るのか!!」 凄むトーレの手足についたエネルギー翼が輝きを増した。 多少疑問くらいは持っているのかもしれないが、ドクターに対して忠誠心を持っているのはディードも同じらしく咎めるような目をして双剣を構えようとしていた。 「兄様は何も。全く関係ないことです!! これは、私の意志です」 「そういうことか……!!」 舌打ちしたトーレがあらぬ方向を見る。ディードの後方、かなり遠くから何かが近づいてくる音が彼女等の耳に届いた。 飛行している音だが魔導師達のものとは若干音が異なっている。トーレとセッテの脳裏に浮かんだのはバッタに似た怪人の姿だった。 「もういい、お前も黙っていろ。お前は毒されている。ウーノといい、どうしてこうも簡単に敵に惑わされる」 苛立ち、ぼやくトーレが四肢に力を込めた。徐々に大きくなっていく音に、話し合う時間はもうほぼ無くなってしまっていた。 何かのきっかけを待つ時間も無く、ディードが加速を開始し瞬時に双剣を振り上げてセッテの背後に回り込む。 背後に回ったディードが剣を振り下ろし、セッテは横に跳んで逃れる。同時に、トーレは手の届く範囲まで踏み込んで妹に拳を叩き込んだ。 セッテは冷静に、空中で光る羽をつけた腕を掴んで止めた。威力で流れていく体を地面に足を着けて固定する。 トーレを援護しようとするディードへは、進行を阻むようにブーメランブレードを飛び回らせた。 ISによって更に加速していくトーレに押されながら、セッテは腕に力を込めていった。 乾いた土を削りながら押し込まれていく四肢が薄っすら光る。腹部に埋め込まれたレリックのエネルギーが体内を巡り、拳を輝かせていた。 打ち込もうとする気配を感じたトーレがセッテの体を蹴って強引に離脱する。 蹴り飛ばされたセッテは、勢いに逆らわず土煙をあげながら地面を滑っていった。 一旦離れたトーレが空中で方向を変えて、再びセッテに襲い掛かる。セッテは素早く握り締めていた手を開き姉に向けた。 拳に留まっていた光が、桃色の光線となって撃ち出される。 かわされてしまうことを予想して、周りへも砲撃を放つが、トーレはそれも全てかわしてセッテに接近してくる。 セッテは後方へと退きながら、砲撃を撃ち続けた。 再改造を施されたセッテの脚力、空戦能力は上がっていたが繰り返される砲撃を紙一重でかわし続けながらでさえトーレのスピードはセッテを上回っていた。 荒れた地面に足を取られないように気を払う余裕もセッテにはない。ちょっとした段差や、小石につまづかないことを祈りながら、背後へと跳んでいく。 バイクに追いつかれた時点で分かっていた事だが、改めて見せられたセッテは驚き……そして足を止めた。 足止めにもなっていない砲撃も撃つのを止めたセッテは、再び拳を握りこむと全身に力を込めていった。 スカリエッティは実に凝っていて、セッテが力を引き出すための動作を幾つか用意していた。 その通りに微かに両足を開き、腕を曲げると埋め込まれたレリックが微かに光り、先程を大きく上回る力がセッテの体を巡り片方の足を中心にボウッと光る…… 感覚を研ぎ澄ませ獲物を待つセッテを見たトーレは、いつの間にかブーメランブレードを振り切り、再びセッテの背後を取ろうとするディードの腕を掴んだ。 そして二人は離脱していく。セッテは力を溜める為の構えを解いた。 すると直ぐに、空から見覚えのある姿が降りてきた。 「セッテ、無事か!!」 「はい。お久しぶりです」 バッタっぽい顔をした怪人は、何故か今日はボロい真っ赤なマントをつけていた。 ビロードっぽいような気もするが、何で出来ているのかセッテには良くわからなかった。 それに、緑色の稲妻がバッタっぽい体から大気へ流れていく。 その後方から聞こえるメガーヌ達を収容する為のものと思われるヘリの音にセッテは少し耳を傾けた。 音の感じでまだ少し時間がかかると判断したセッテは、乾いた地面に放置されている水槽等に遠慮せずRXに言う。 「暫く見ないうちに、その……イメージチェンジですか? 凄く派手ですが」 「そんなんじゃないっ、スカリエッティが……突然送りつけてきたデバイスなんだ。君達の固有武装に近いらしいが」 セッテを見て、安堵したRXは弁解するような口調で言う。 デバイス?が送られてきたのは少し前のことになる。 ゲル化した戦闘機人を倒した礼として、倒してから数日後には送られてきたのだがそのことを口にするのはRXには戸惑われた。 口調に違和感感じたのかセッテが重ねて尋ねる。 「どうしてゲル化して移動されなかったんですか?」 「それは、歩調をあわせる為だ。今俺は管理局の機動六課と協力してる。彼女等と余り離れすぎるのは良くないだろ?」 「わかりました。申し訳ありません、もしかしてゲルもどきになった姉妹のことで私達に気を使ったのかと思ってしまって……」 軽く頭を下げるセッテに、RXは何も言わなかった。二人とも仮面をつけていて、表情は変りようが無い。 「俺も聞いておきたいことがある」 「なんでしょう」 「どうしてまたスカリエッティの所からこちらに付く気になったんだ?」 「ドクターの所へはパワーアップしてもらう為に戻っただけですから。再改造が終わったので出てきました」 「よく無事だったな……」 「姉妹達は身内を洗脳したりするのは反対しますから、頼んでちゃんと見張っていてもらえば大丈夫ですよ。ウーノ姉さまが戻ったのはまた別の理由があるらしいですが」 「別の理由だって?」 「ええ。その放電もドクターのデザインですか?」 少し茶化すようにセッテが言う。 危険な代物かどうか調査する為に今まで手元に無かったが、今日の昼には調査が終わっていたらしい。 ティアナのことに関心が行っていて、デバイスは忘れられていたのだが、今回はヘリ… 他の六課の隊員達と共に出動するお陰で準備をしている間に運良くRXの手に渡された。 「アレは、俺が無駄に力を使いすぎてるせいらしい」 起動したデバイスは、血を連想するような趣味の悪い赤のマントに変り、RXの体に纏わりついた。 歳月で傷んだような風合いや、傷もあり何か意図されているのだろう。 以前ウーノに聞かせたドゥーエが誑かした男から聞き出した逸話に出てくる魔王をイメージして作ったそのデバイスをスカリエッティ自身は気に入っている。 あいにくスカリエッティが何をイメージしていたのか六課には全く伝わらなかったし、はやてだけは断固として『これは大きなマフラーだ』と言って譲らなかったが。 マントはRXの補助をするように設計されており、RXがまだ使うことは愚か意識すらしていない力の使い方を可能にすることが目的とされているようだった。 ここまではその使っていなかったキングストーンの力、それも新たに手に入れた『月の石』の力を主に使って超常現象に近いことを行ってきたのだ。 今は過剰なエネルギーが漏れ出して放電現象を起こす程度の技能しかないが。 恐らく長じれば、かつてのシャドームーンのように天候を変えたり、空間を移動することも可能になるのだろう。 「……セッテ。後で君の知っている情報を話してくれ」 「わかっています。お兄様が協力しているんですから、それくらいはやりましょう」 だが、と大した情報は持っていないというセッテはRXから簡単な話を聞きながら、バイクの所にいるルーテシアと近くに不時着したメガーヌの水槽の元へと案内する。 ヘリが到着し、荒れた砂地に転がるメガーヌ達が収容されたのは十数分後の事だった。 * 収容されたメガーヌは直ぐに医療施設へと搬送された。 ルーテシアも同施設に収容され、ザフィーラとシャマルが付き添う事になった。 無理やり連行したという経緯を聞かされたはやてが、目覚めた際にもし暴れだしたとしても対応できるようにと負荷の低い人員を回すことに決めた。 セッテだけは戦闘機人ということが判明している為、暫くは六課の宿舎に泊まることになっている。 戦闘機人の研究が禁止されている為、特殊な施設で無ければ精密検査をする事も出来ないらしく、予約も取りづらい。 説明されたRXは恐らくスバルを診ている人間なのだろうと気付いたが口には出さなかった。 以前助けた際にスバルとその姉が戦闘機人だと気付いたが、六課のどれくらいの人間がそれを把握しているのかRXは知らない。 「私達の技術に精通した人間はドクター以外殆どいませんから…検査する必要があるとも思えませんが」 「どうしてですか?」 「問題が見つかっても対処できる程の人間がいるとは思えません。いればドクターは他の分野の研究をしているはずです」 思わず尋ねたエリオは、セッテの返事にどう答えたらいいかわからないようだった。 「で、でも何かわかるかもしれませんし」 「サンプルにされるだけでしょう。何かあった場合は、お兄様に手を下して貰えばいいのです」 一緒にいたキャロがフォローしようとするが、セッテは素っ気無く返す。 返された内容に、その場に居合わせた六課の人間は動揺し、RXが強い口調で言う。 「セッテ。皆を余り驚かせないでくれ。もう少し言い方ってものがあるだろう」 「え……は、はい」 「それに俺は、お前を倒すのなんて真っ平だ」 レリックがセッテの中に埋め込まれていると知っていれば直ぐに行ったのだろう。 だが反応を隠す為の処置が施されており誰も気付きはしなかったし、何よりアルビーノ親子のことに皆の注意は引き付けられていた。 セッテがRXに従っているのでセッテに対する興味は、低くなっていた。 検査の時間までに聞く機会があるしその後も可能なことより、メガーヌの容態が気がかりだった。 そして、とりあえずセッテの一時的な拘留先は、RXの部屋ということになった。 「牢に入れられると思っていました」 「はやてちゃん達はそんなことしないって」 部屋に入り、扉が閉まるなりそう言ったセッテにRXは背中越しに答える。 彼女の好きな飲み物を出そうと冷蔵庫に向かうRXについて行きながら、セッテは部屋の中を物色する。 フェイトが持ち込んだサボテンを眺め、ヘッドギアを外して鉢に立てかけるようにして置く。 ベッドに腰掛けたセッテは光太郎が入居時に貰った枕を掴んだ。 「……こんな趣味でしたっけ?」 冷蔵庫を閉めて、二つコップを用意していたRXはメールに気付いてモニターを開いていた。 その内容を確認し、枕を掴んだセッテへ目を向ける。 「え? ああ、それはフェイトちゃんに……」 「私達がいなくなった途端女を連れ込んだわけですか」 「ば、馬鹿なことを言うなよ。やましいことはないって」 「それは良かった。変身を解かないんですか?」 慌てた様子で答えるRXに、特に気にした風も無くセッテは言う。 指摘されたRXはコップの中に粉をいれ、少量のお湯に溶かしていく。 その間変身を解くのをジッと待つセッテの視線に負けて、RXは変身を解いた。 それを見てから機嫌を良くしたのか少し笑ってからセッテは尋ねた。 「……もしやウーノ姉さまから連絡が来たんですか?」 「いや、友人の母親からだ。今度アクロバッターを持ってきてくれるらしい」 * RX達がセッテ達と合流した頃、その報告はようやく首都で休んでいた責任者達の下へと流れついていた。 騒がしいアラーム音に邪魔をされ、大柄な人間2,3人は入りそうな布団が動きを止める。 ノロノロとまた動き、顔を出したのはレジアスだった。魔法能力のない彼は、枕元の端末を叩きモニターを表示させる。 「また問題でも起きた?」 「うむ……まぁな」 レジアスが開いたモニターには急を要する報告が短い文章で書かれている。 寝ぼけ顔などを見られないように寝室に入ってからは声のみか、文章で知らせるよう言ってあった。 セッテがスカリエッティの所から脱走した事が書かれており、これを報告した者にとっては兎も角レジアスには然程急を要する用件ではなかった。 布団から裸の腕を伸ばし、安心したレジアスは枕と頭の間に挟んだ。 すぐに内容を言わないレジアスの横に顔を出したドゥーエは頬杖をついた。 裸の肩が布団から一瞬出て、布団が引き上げられてまた隠れる。 「言えないなら」 「いや、そうではない。スカリエッティの所から戦闘機人が一名、アルビーノ親子を連れて脱出したらしい……」 「フーン……誰かしら?」 「恐らくRXと行動を共にしておったセッテだろう。能力的にウーノとは考えられんし、タイミングから言って他の戦闘機人でもない」 「セッテか……今度、会ってみたいわね」 「会っておらんのか?」 「ご老人の世話に、貴方の秘書。他の時間は何処にいるっけ?」 開いたモニターの光で爪を眺めるドゥーエにレジアスは反論はしなかった。 嵌められた指輪が光りを反射していた。 「助けが必要ならワシの方でも調整しておこう」 「ええ」 モニターを閉じたレジアスは、再び灯りの消えた部屋の中で隣を見つめた。 目が慣れて、カーテンの隙間から入る街の灯りで一見興味なさそうな顔のドゥーエが見えるようになってくる。髪を弄るのをレジアスは少しの間見つめた。 秘書に成りすましているのに気付いたのは偶然だった。改造されたドゥーエの妹達の一件がなければ、不自然な所など全く出さなかっただろう。 実際、ドゥーエはご老人……レジアスの飼い主である管理局の最高評議会メンバーの傍に秘書・メンテナンス担当として潜入しているらしい。 「…………ドゥーエ。聞いておきたいことがあるのだが」 「どうしてドクターを裏切ろうとしているのか? それとも、貴方とこうなった理由?」 「まぁ、……そうだ」 今更平凡過ぎる質問だったからか、ドゥーエが鼻で笑う。 「裏切ってるつもりは無いわ。まぁ妹にあそこまでやるようなドクターには愛想が尽きたけど……スマートだから」 「スマート?」 「仕事が。治安の回復にアインヘリヤル?海のエリート達にもここまで出来るのはそうはいないでしょ。っていうか、教導隊は何百いても貴方のタイプは半分もいないでしょ」 「フン……っ、ここまでやれば、誰にでも出来る」 レジアスは最高評議会に従い、汚い仕事に手を染めた自分を嘲笑った。ドゥーエはそんなレジアスに目を向けようともしなかった。 「ゼストの遺体を引き取る事は出来なかった。評議会が、ワシの首により強固な首輪をつける為に利用するつもりなのかもしれん」 「貴方はレジアス・ゲイズ」 不意に口を開いたドゥーエによってレジアスは、弱気に愚痴を零すのを止めた。 「魔法能力が無い地上の守護者。事実上の地上本部総司令……親友が死後も侮辱されようが貴方は職務を投げたりはしない。ミッドチルダをより安全にする」 「うむ……勿論だ」 早口にまくし立てられたレジアスは、威厳たっぷりに頷いた。 その厚い胸板に、ドゥーエが頭を乗せた。薄明かりが細められた瞳にも入って綺麗に見せていた。 「でもセッテや、私の姉妹は大事にしてもらう。だって義理の妹でしょ」 「う……い、いや!!」 思わず頷きかけたレジアスは首を振ろうとして、顎を掴まれた。 肉体を強化されているドゥーエの力は見た目以上に強く、指先で掴まれているだけの頭を振る事も出来ない。 素直に返事をしなかったレジアスを責めるように、ドゥーエの爪が肉に食い込む。 だが大事にというのがどういう意味か悟っていたレジアスは頷くわけにはいかなかった。 「まさか違うって言うのかしら。だとしたら私が勘違いしてた……」 「そうではない。しかしだな。特別扱いするわけにはいかん。むしろゼスト達がああなった以上私も」 「却下。ゼストは友達!! 彼の部下は他人!! 私達の方が大事にされるべきよ!!」 「だが」 「私のISは説明したわよね。それでも?」 「? ああ、うむ……ごほん、ライアーズ・マスクだったな。自身の体を変化させる変身偽装能力だと聞いたが」 「分かってないわね……」 よからぬ事を考えているとしか思えない含みのある笑みがドゥーエの顔に広がり、彼女の能力が使用される。 何故今更顔を変えるのか、レジアスが不思議に思う間もなく、彼女は美女から幼女に変身した。 レジアスは呆気に取られて何度も瞬きをするが、掴んでいる顎の骨を軋ませてドゥーエは正気に戻してやった。 「は?」 「別に体格を変えられないわけじゃあないわ」 「ありえん……」 レジアスは頬の筋肉を引きつらせながら目を逸らした。 「だって、髪の色が自由に変えられるのよ? 身長だって変えられるわ。だからってライダーの研究に感謝したりしないけど」 「意味が分からん!! 何故そんな姿になったかが全く理解できん!!」 変身魔法を使っていかがわしい真似をする空のエリートがいるという話は聞いたことがある。 だが、汚れ仕事をするよりも遥かに罪悪感が腹の底に溜まりそうなそれを自分で試す気はレジアスにはなかった。 「ロリから熟女、髪型体型お望みのまま、演技力も別人になりきれる程完璧」 そう言ってドゥーエは逃れようとするレジアスに強引に唇を重ねた。 「出勤し易いからオーリスとの同居も受け入れたわよね。一緒にトレーニングしてもいいし、ちょっとした犯罪者なら協力してくれれば姉妹達が片付けるようになるわよね……でもゼスト達はこんなことしてくれないわ。ほら!! 私の方が大事にされるべきでしょう?」 「殆どが公の利益になっておらんだろうが!! それに奴は友で、奴の部下達もミッドの治安を守るために手を」 「大事にするなとは言ってないわ、でも!! 私達の方が大事よね? 例えば六課にいるライダーより」 「だからと言ってあからさまに便宜をぐぐ……」 顎を掴む指の力が徐々に強くなっているのか、ぐうの音も出せないレジアスは自分の顎の骨が軋む音を聞かされた。 彼女の髪の色と同じ指輪を嵌めたことをちょっと早まったかもしれんと思ったが、他の誰が聞いてもレジアスを殴りはしても同意してくれないであろうことは明白だった。 とりあえずレジアスは顎の痛みに耐えながらうまくやれば陸の戦力アップに繋がるのだからとか、言い訳を考えることにした。 前へ 目次へ 次へ
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休暇を終えた六課の面々は公開意見陳述会へ向けて動き出した。 休暇明けの朝、リフレッシュした皆に向けて、はやては六課の真の目的を明かした。 ちょっぴり驚いたりする者もいたが、重要な任務に隊員たちは俄然やる気になって当日へ向けての準備へと取り掛かっていったのだった。 宿舎に住まわせてもらっているとはいえ、微妙な立場にいるRXとセッテの二人は少し様子の違う皆を見ながら、当日自分達がどう動くかを決めようとしていた。 陳述会の様子は中継されることになっているが、オークションの時のように共に警備につくことも当然選択肢に入っていた。 だがそのことを相談してみると、はやて達は首を横にふった。 「光太郎さん達には何時も通り何か起こってから援護に来てもらおうと思ってます」 「そうなのか?」 少しずつ情報も漏れており、RX達が六課にいるというのは公然の秘密と言っていい。 だがRX達の性格が会場の警備に組み込むには不向きだった。 もし他の場所で大きな犯罪が起こったり、人目につかない場所で犯罪に遭遇した誰かがいれば二人はそこへ向かうだろうと皆考えていた。 普段は皆それを求めており、人によっては今回の事件が起こるかも曖昧な状況で警備にしておくことには若干の抵抗感さえ感じるほどだった。 それに何より、はやては自信に満ちた顔をRXに向けた。 はやてだけは少し不満気だったが。 「私達に任せといてください。もちろん、警備もいつもよりうんと厳重になってますから。ほんまは、前線丸ごとで警備させてもらえたらええんやけど……建物の中に入れるんも私たち三人だけになりそうやし」 「まぁ、三人揃ってれば、大抵のことは何とかなるよ」 「前線メンバーも大丈夫。しっかり鍛えてきてる。副隊長たちも今までにないくらい万全だし」 「皆のデバイスリミッターも、明日からはサードまで上げていくしね」 「ここを押さえれば、この事件は、一気に好転していくと思う」 「うん」 「だからきっと、大丈夫」 頼もしい返事を返されたRXは納得した様子を見せ、フェイトと視線を交わした。 二人の目配せに気づいたはやては、眉間に皺を寄せた。 「ちょっと場所移そっか」 そう言って歩き出すはやての後を心配そうな顔をしたフェイト達が付いて行く。 廊下を食堂に向かって歩きながら、はやては言う。 「ヴィヴィオのことやったら、心配いらんって。カリムも念のためってシャッハを付けてくれてるから大丈夫や」 「ごめんはやて。でも、やっぱり気になっちゃって……本当に、どうして今更もう一度検査なんて」 少し後ろを歩くRXへチラリと視線を向ける。 フェイトが謝りながらも口にした疑問はもっともだった。 リンディから預かり、六課の宿舎にいるはずのヴィヴィオは今、フェイト達と引き離され教会の施設にいる。 それは休暇をあけてすぐのことだった。 可愛らしい来客を六課の皆は笑顔で迎え、共に過ごそうとしていた所へカリムとリンディの二人から緊急の連絡が入った。 何事かと朝食を取るのも後にしたはやて達に、カリムはヴィヴィオの検査をさせて欲しいと願い出た。 親しくしているし、六課の後ろ盾でもあるカリムの頼みだ。 大抵は快く返事をするはやても最初、カリムに詳しい説明を求めずにはいられなかった。 元になった人物が誰であるかは分からずじまいだったものの、ヴィヴィオの検査については数年前、引き取る前後に済ませている。 それが今になって突然もう一度というのだから。 「私を嫌ってる人たちの嫌がらせよ」 若干疲労の残る顔でカリムは、はやて達に説明した。 (こちらは公開していないのではやて達も知らなかったが)近くに迫った公開意見陳述会に際して、教会も話し合いが開かれる。 カリムがそうであるように、本局や各世界の代表達の一部がそのまま教会でも高い地位をもつ人物であることから、同時に行われてきたらしい。 管理局の内部に派閥があるように、教会の中にも派閥はある。その内のあるグループがカリム等の足を引っ張る為に粗探しをした。 その結果、今更数年前のヴィヴィオの件が浮上した…カリムの見解では、純粋な気持ちからか他に難癖をつける材料が他になかったのだろうと判断している。 純粋な気持ちから、というのは約300年前の古代ベルカ時代の人物を元にした人造生命体がいると知った彼らがそれが誰であるか知りたがったとしてもそう不思議なことではないらしい。 カリムはそう説明してくれたが、はやて達は納得出来なかった。 何か違和感があった。相手側かカリムか。 それはわからないが、カリムはまだ何か話していないことがある…そんな気がした。 しかし、リンディとフェイトは困ったような表情で視線を交わし、お互いが同じような気持ちであることを確認した。 過去の誰かの情報を元に生み出された命であるということは承知して引きとって育ててきたのだ。 今更誰が元になったのか判明したところで変わるほどこれまで築いてきた気持ちは軽くはない。 だから、世話になっている友人のために今回は大きな問題には発展しないだろうと、思うことにした。 リンディ達には対応に辟易しているのか、珍しく怒りを滲ませながら説明したカリムの「お願いします」は効果的だったのだ。 六課設立に際し、影で尽力してくれたことだけではなく、これまでの行動からも彼女は信頼できる。 彼女の顔を立てるためにならばと、二人はヴィヴィオが承諾したのならという条件で承諾したのだった。 ヴィヴィオが彼女らのことを慮って承諾すると言うことは分かりきっていたが。 だがそれを聞いたRXは、何か嫌な予感がすると言って、フェイト達の気持ちを煽り続けていた。 物言いたげに見えるバッタ男の肩に、最近生傷が増えたザフィーラが手を置いた。 「気持ちはわかるが、それくらいにしておいくてれ。お前の嫌な予感はハズレない気がするから主達が不安がってしまう」 「……そうだな。気持ちも考えずにすまない」 はやて達に謝罪して、RXは仕事に戻っていった。 残されたはやて達も悪い方へと考えないように、重い空気の漂うその場から離れて行く。 カリムと同じく、彼女らも近くに行われる公開意見陳述会に向けて、準備を進めなければならなかった。 基本的に仕事の上でははやて達任せのRXが直ぐに引き下がらないことと当たりすぎる嫌な予感は予言阻止に向けて動こうとする六課には幸先が悪かったとしても、カリムの顔も立て、予言も阻止するのが彼女らの仕事だった。 * はやて達が準備に追われている頃、同じようにスカリエッティ達も準備に追われていた。 特に、今が何年も続いていた仕事の最終段階となるドゥーエは、砕け散った水槽の前で徹夜が続く有様だった。 彼女の他には殆ど誰も立ち寄らない部屋だったからいいものの、余人には余り見せられない有様で手を動かし続ける。 「これでレジアスが関与した証拠はすべて改竄済みっと」 最後に勢い良く空中に浮かんだキーを押して、ドゥーエは作業を終了した。 背伸びをして、体をほぐした彼女は隈の浮いた目を壊れた水槽とその周りに浮いた肉片に向けた。 ドゥーエが壊した水槽に入っていたそれらは、人間の脳であり… 旧暦の時代に次元世界を平定し、時空管理局設立後一線を退いた3人の人物が、その後も次元世界を見守るために作った組織・管理局最高評議会の成れの果てだった。 一応は管理局の最高意思決定機関となってはいるが、平時は運営方針に口出しすることはなく、長らくレジアスの大きなバックボーンとなってもいた。 同時に裏では様々なことに暗躍しており、レジアスを信頼し、共にアインヘリアルの運用計画を進行させたり、スカリエッテの創造主かつクライアントでもある―有り体に言って邪魔な存在だった。 (レジアスにも教えていなかったことだが、)その為、何年も前からドゥーエはスカリエッティの命令に従って管理局員になりすまし、最高評議会メンバーの傍に秘書・メンテナンス担当として潜入していた。 最近はプライベートで使うことも増えたが、本来ドゥーエのISはこういう使い方をするためのものでドゥーエ自身の有能さも手伝い、最高評議会メンバーの信頼を勝ち取っていた。 ここ1,2年は直接彼らの姿を見ていたのはドゥーエだけだったということだけを見ても、彼らがドゥーエに向ける信頼がどれほどのものかわかることだろう。 全てはスカリエッティが行動を起こすタイミングで彼らを殺害する為に…そしてそのタイミングが来た今、ドゥーエはその命令を実行し彼らを始末した。 今までの任務と同じく、最後まで最高評議会メンバーはドゥーエのことに気付かなかった。 10年前、初めての任務でたぶらかした聖遺物担当の司祭が失脚した後までドゥーエを信じていたように、容れ物が壊される寸前になっても裏切られたことが信じられないようだった。 盗まれた聖骸布の持ち主と同じ、約300年前の古代ベルカ時代の人物を元にした人造生命体を見つけるなり大慌てする羽目になっているように……これで管理局も大慌てすることになるのだろう。 自分の元を離れたドゥーエが予定通りの行動を起こしたことを聞けば、スカリエッティや姉妹達も驚くだろうかと考えて、ドゥーエは鼻で笑った。 感謝はするだろうがスカリエッティが驚くとは思えない。 なぜなら姉妹達に対する愛情が目減りしたわけではないし、管理局最高評議会を始末することが最終的にドゥーエとレジアスにとって有利に働くことが、スカリエッティにわからないはずがないからだ。 最後に適当な犯罪者に罪を擦り付ける工作をして、ドゥーエは部屋を後にした。 公開意見陳述会までゆっくりと休息を取り、スカリエッティと姉妹達が行動を起こした後にまた動き出さなければならない。 事が終わった後、レジアスの影響力が残って入ればより良い形で姉妹達に救援を送ることが出来るはずだとドゥーエは信じていた。 * そうして迎えた公開意見陳述会当日。 本局や各世界の代表が会場入りし、陸士達が、機動六課の面々が警備についていた。 中継が行われ、アナウンサーが言う。 「本局や各世界の代表によるミッドチルダ地上管理局の運営に関する意見交換が目的のこの公開意見陳述会。 今回は特に、かねてから議論が絶えない、地上防衛用の迎撃兵器、アインヘリアルの運用についての問題が話し合われると思われます」 しかし公開意見陳述会は開始直後、大きな通信画面が開かれ、中断された。 中に入ることを許されていた六課の隊長達だけが、何者がそれを行ったのか直感した。 はやて達はロングアーチに指示を出す為、目に付きにくい手元に通信画面を開く。 一秒でも早く、中継を切らせなければならない。 何かがあるとすれば、襲撃だろうと考えていた彼らの前に開いた画面の中で白衣が翻っていた。 案の定、画面の中央には口元を釣り上げたスカリエッティが映り、会場にいる本局や各世界から集まった代表達を見渡した。 驚き、怒りや中には何が起こるのかと興味深げに集まる視線を一身に受けている…それが十分に良くわかったスカリエッティは笑みを大きくし口を開いた。 「管理局員諸君、ごきげんよう。ジェイル・スカリエッティだ。お招きしていただいたことに感謝するよ。ありがとう」 手元の紙を見ながら挨拶したスカリエッティに、誰かがテーブルを叩いて立ち上がった。 スカリエッティが誰か調べたのか、彼の手元にも小さな画面が開いていた。 「次元犯罪「ボリュームを上げてくれ。うん、これでいい。私がお邪魔したのは他でもない…本局が犯している裏切りについて証言をする為だと認識していたのだが」 大音量で無理やり言葉を遮ったスカリエッティは、一旦言葉を切って出席する代表達の何人かと顔を合わせた。 関係者と思われたくないのか視線を合わそうともしない彼らにスカリエッティは肩を竦めた。 他の出席者が注目を浴びて、眉間を押さえたりする彼らに言う。その時には、音量はまた下げられていた。 「来るのが若干早かったかね?」 「そこまでや。スカリエッティ、ここにはアンタの言葉を鵜呑みにするような人は誰もおらん。はよ逃げた方がええんとちゃうか?」 「いやいやそれには及ばないさ。八神二等陸佐。ゆっくりと逆探知なりなんなりするといい」 はやてに余裕を持った態度を見せたスカリエッティが、手のひらを上にむけて腕を横に払うと出席者の手元に、何らかの記録を思われるデータが表示した新たな画面が開いた。 「今送ったのは、私が管理局本局の手で生み出されたことを証明するデータだ。本局はこれまで私を強力に支援してある裏切りを行おうとしていた…」 「でまかせだ! 管理局がこんなことを行うはずがないッ!!」 それを一瞥するなり、会場がざわついた。空気が凍り付いていく様に愉悦を感じながら、スカリエッティのテンションは上がっていく… 反論を無視したスカリエッティは大げさに胸を押さえ嘆きながら言う。 「だが私もひとりの人間だ。彼らに命を握られている身ではあるが、罪の意識に耐えられなくなってしまってね」 「ドクター・スカリエッティ「黙りたまえ!! 次元犯罪者と手を結んだ者に「貴方がッ!! 貴方が耐えきれなくなった裏切りとは一体……?」 腹を括ったのか、先程スカリエッティと無関係な態度をとろうとしていた者の一人が尋ねようとして、隣に座っていた者から黙れと怒鳴りつけられる。 だが、叱責を受けても彼は怯まない。何かに強い信念に突き動かされているらしかった。 「ああそうだったね。時空管理局本局は、聖王の遺産の中でも最も重要な聖遺物、聖王のゆりかごを我が物とする為にこのミッドチルダに秘匿している…更に、更にだ!! 彼らはなんと事も有ろうに聖遺物から聖王陛下を再生させたんだ!!」 今度こそ、本当に会場の空気は固まってしまった。 『聖王のゆりかご』古代ベルカ当時の呼称では「戦船」と呼ばれる古代ベルカの王「聖王」が所持していた超大型質量兵器で、数キロメートルほどある空中戦艦。 聖王家一族はこの中で生まれ、この中で育ち、死んでいったことから「ゆりかご」の名が付いた。 かつて聖王の元、世界を席巻し破壊した。旧暦462年の大規模次元震の引き金となったとも言われるが、そこまで知っている者は数少ない。 所以から聖王教会の教えをそこそこ囓っていれば、「戦船」あるいは「ゆりかご」の逸話を幾つか耳にする聖王教会にとって重要すぎる聖遺物であることは確かである。 聖王を包んだ布を聖骸布と呼ぶ彼らにとっての重要性は、計り知れない。 「では証拠をお見せしよう………」 スカリエッティは白衣を翻し、彼の背後にあるものを示した。 そこに何があるのか予想がついたはやては唇をかみ締める。 画面からスカリエッティが消え、残ったのは彼が掲げた腕だった。 その延長線上、短い階段を超えた先、壁に埋め込まれたような台座に女の子が座らされていた。 二辺に球体を埋め込んだ三角形の中央… 「ココこそが、本局が秘匿し私に調べさせた聖王のゆりかご。そして彼女こそが、つい先日信仰心厚い方々の必死の活動により保護された聖王陛下だ」 「う、うぇぇん…痛いよぉ、怖いよぉ~!ママー!ママー!! 助けてよぉ、RX!!」 「ヴィヴィオ…!? どうしてあそこに」 フェイトが息を呑み、座席から立ち上がった。 再び画面の中へとスカリエッティが顔をだし、泣き喚く少女を見た会場の反応を伺いながら、嘲笑った。 「聖王陛下がゆりかごに帰還されたにも関わらずこの反応とは……信者諸君、不敬にも程があると思わないかね? 聖王としての教育を施さなかったとは、汚いな流石管理局汚い」 そう言うスカリエッティの背中から聞こえてくる泣き声が、同じ場所から響きだした光と音によってかき消されていく。 スカリエッティが身を退く。玉座の周囲に埋め込まれた球体から流れだす雷が、ヴィヴィオの体に流れ込んでいた。 「見えるかい? 待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は今その力を発揮する!」 どういうわけかクリアに聞こえるスカリエッティの笑い声の中、苦しむヴィヴィオの体からから虹色の光が溢れ出そうとしていた。 「聖王陛下、私が貴方を有るべき姿へと戻して差し上げよう。さぁ! いよいよ復活の時だ。待ち望んだ主を得て、古代の技術と英知の結晶は今その力を発揮する!」 光に照らされて、暗い影となったスカリエッティが画面の中でくるくると回る。 陸の担当部署から緊急の通信画面が開かれ、爆発や大地震が、戦艦クラスの反応が観測され、混乱に陥っている事が伝えられる。 「これこそが、君たちが忌避しながらも求めていた絶対の力! 旧暦の時代、一度は世界を席捲し、そして破壊した。古代ベルカの悪魔の英知」 虹色に画面が染まり、眩しさに人々は目を瞑った。 ヴィヴィオの悲鳴とスカリエッティの笑い声が、目を閉じた彼らの耳により強く響く。 「ククク…一人の信者として聖王陛下とゆりかごをお助けできて非常に満足しているよ。いや本当に。その証拠に…私は条件次第で聖王教会になら自首する用意があるが、どうするかね?」 画面が一方的に閉じられたことにより眩いばかりの虹色の光が消え、ゆっくりと皆が目を開いていく。 直ぐに飛び出そうとするフェイトの腕を、彼女らの立場上見過ごすことが許されないはやてが掴んだ。 もちろん立場だけで引き止めたのではなく、これほどまでに自信満々に管理局をコケにしたスカリエッティが何の備えもしていないはずがないと思い、こちらも万全の体制で臨まなければならないと部隊長として判断したからだ。 そんなはやての考えなど露知らず、周りではスカリエッティが合図を送った管理局に席を置く聖職者達を取り囲み、各世界の代表者たちが自分勝手に話し合いに興じ始めている。 はやて達のことは全く当てにしていないようだった。 だがそんな彼らの前に再びモニターが開き、今回の協議で話し合われるはずだったアインヘリアルが映し出された。 映し出されたアインヘリアルは、どういう意図でなのかは会場にいる者達には判断できなかったが、動き出そうとしていた。 状況についていけない彼らには、アインヘリアルとアインヘリアルの開発計画を推し進めていたレジアスとを見つめることしか出来なかった。 だがその時、嫌みったらしい笑い声がまた会場に響いた。 「管理局諸君…いやここは司祭様に聞いたほうがいいのかなあぁ? どうも私には聖王陛下を攻撃しようとしているように見えるんだが、管理局はこの醜聞を隠す為に聖王陛下ごとゆりかごを消し去ろうとかそういうつもりなのかな?」 それに対しレジアスは、無言を貫いた。 「まぁ答えは聞いてないんだがね」 アインヘリアルの一部が突如爆発を起こし吹き飛んだ。 破損箇所の近くには眼帯をし、ボディスーツの上からコートを羽織った少女が立っていた。 「……愛らしい」 思わず口から出てしまったらしい一言のせいで、周りからキツイ視線と暖かい視線をを向けられた紳士は咳払いをする。 隣に立っていた紳士が握手を求めたが、彼はやんわりと断った。 「ごほんっ、いや失礼」 「…………ええっと、正当防衛をさせていただいたよ」 そんな彼らを視界に入れないようにしながらスカリエッティは手早く締めくくった。 そして再び画面が閉じられた。 * 通信を閉じ、浮かび上がっていくゆりかごの中で意気揚々と踊っている創造主を淀み冷え切った目で見つめながらも、ウーノの動きは淀みがない。 今の内容を含めた、ウーノのISとスカリエッティが研究の為に予め与えられていた権限を使用して集めた情報を編集して、このミッドチルダや他の管理世界で広めることが彼女に求められた仕事だった。 ウーノのISとスカリエッティが研究の為に予め与えられていた権限を使用すれば大抵の情報は自由に集められるのだ。 とはいえ、現時点でのこちらの戦力は所詮不完全な状態の戦艦一隻に過ぎない。今の状態では管理局の普通の戦艦と大差ないと言う程度の力しかないのだ。 ゆりかごは衛星軌道上に達し、二つの月から魔力を受けて初めて本来の力を…高い防御性能と精密狙撃や魔力爆撃など強力な対地・対艦攻撃が可能になるほか、次元跳躍攻撃をも行える程の能力を取り戻すのだ。 今の状態では管理局の普通の戦艦と大差ないと言う程度の力しかないのだ。 「あれ程挑発する必要があったとは思えませんが?」 「あんまり面白い顔をしてたからつい、ねぇ。まぁこれで彼らが暫く揉めてくれればそれでいい時間稼ぎが出来る。機動六課が戦力を十分に発揮できなければもっといいんだがね」 「?」 「分からないかい? つまり、ヴィヴィオ・ハラオウンは誰かということさ」 そう言ってスカリエッティはヴィヴィオについて彼が調べ上げたデータを空中に表示させる。 「ヴィヴィオ・ハラオウンを生み出したやり方は、ほぼ古代ベルカと同じ方法が使われている。 母体がどうか場所とか、私に言わせればほんの些細な条件を除けばだがね。(技術的にはこのケースに限っては母体を使う方がミスは少ないだろうがね) まぁ、重要なのは『ゆりかご』が起動させられるかどうかさ。『ゆりかご』は起動し、彼女は聖王の能力も使用可能だ。聖王となるには十分な条件だろうね」 虹色の光が収まった台座には、強制的に戦闘用の姿…大人の体にまで成長したヴィヴィオが台座に座っている。 今の姿からは、ヴィヴィオが短い人生の中で誰の影響を受けたのかや生まれがよくわかる。 戦闘機人より若干黒い色のボディスーツ。 ベルカの騎士と似たジャケットとスカート。 それらに胴などには金属のパーツをつけ、甲冑を思い起こさせる形状にした。 姉達そのままではなく、サイドテールにした辺りが少し面白いが…顔を隠す仮面をヴィヴィオは手にしていた。 「だが、その次の聖王となるはずの子供を保護した後、管理局はハラオウン家と言う管理局でここ数年影響力を高くした家に引き取らせた。 少なくとも数百年前のベルカの人間だと言うことについてはわかっていたにも関わらず、何故か調査はそれがわかったところで終了だ……」 ヴィヴィオの元になった情報は、ドゥーエに盗ませた聖骸布から得たモノだ。 スカリエッティしか出来ない仕事の為に、最高評議会は他の研究者に生み出させたのだろう。 そしてRXに救出されてしまったが、依然変わらず管理局の手にあったから放置されていた。 無論リンディ達はあずかり知らぬことであろう。 教会内部でも、カリム等大半の関係者はこの件について知らされていなかった。 貴重な遺産の管理を預かる程の関係者がハニートラップにかかって聖骸布が盗まれたなどと言う醜聞は隠しておきたかったのだ。 そのせいで短慮な者達が簡単にスカリエッティにのせられてヴィヴィオを引渡してくれたのだが。 それは兎も角、RXから頼まれたこと、非合法に研究された施設から助け出したという素性を考慮したリンディ達は徹底した調査は行わなかったし、コネも使って穏便に手続きを済ませた。 ほぼ確実にそれで問題は起こらないと経験上わかっていたし、何よりもリンディらは新しい家族が可愛くて仕方がなかったからだ。 それはウーノにもわかる。スカリエッティにも狙いやすいという意味でよくわかっていた。 「わざと隠していたのではないか……という事ですか?」 「少なくとも『ゆりかご』については隠していた。それだけでもマズイ。更にそこへ聖王だ。 教会にとって重要かつ偉大すぎる貴人とその聖遺物の両方を秘匿していたなんてことがバレても教会と管理局はそのままなのかな?」 胡散臭いスカリエッティのタレこみには、スカリエッティが管理局最高評議会からの依頼で戦闘機人ドゥーエに聖王の遺伝情報が採取可能な聖遺物を盗ませたこと。 別に抱えている研究者にその遺伝情報から新たな聖王を生み出させたことがはっきりと記載されている。 スカリエッティを生み出し、スカリエッティのクライアントでもあった管理局の最高意思決定機関が命じたことが、はっきりと嘘、大げさ紛らわしい書き方でだが。 聖骸布を盗ませてまた別の研究者に作らせた管理局が偶然保護しただけなのか? ハラオウン家と共に六課の後ろ盾となっている聖王教会の騎士カリム・グラシアが、教会の理事ともあろう者がヴィヴィオのことを多少なりとも知っていながら何の調査も行わず気付かなかったのだろうか? 邪推するだけなら幾らでも邪推できるだけの材料をスカリエッティは各世界にばら撒いた。 「ましてやその聖遺物を完全破壊する為に戦艦数隻を向かわせたり、局員を送り込んで全力全壊なんて、やれるのか…? 私にわかるのは、管理局は悪の組織だと思いたい人々が少なからずいるのだということさ。シンプルでいいからね」 「ドクターったら、こんな面白いコト私に黙って始めるなんてヒドいじゃないですかぁ」 「君はセッテに仕返しをしてからじゃないとやる気にならなさそうだったからねぇ」 他人をイライラさせるには十分すぎる笑みが二つ並んだ。 スカリエッティの元を離れたクアットロが、勝手に通信を繋いで一緒に笑っていた。 クアットロが出て行く際にガジェットを根こそぎ持っていったせいで地上本部襲撃等ができなかったというのに、スカリエッティは一緒になって楽しそうにしている。 「クアットロか……君はこの機会にセッテに仕返しをしたいだけだろう?」 「ええ、チャンスさえあれば、そうさせていただきますわ。構いませんわよね?」 「勿論さ。余りセッテに暴れられても困るからねぇ」 似通った笑顔で笑いあう二人の耳にウーノの咳払いが聞こえた。 二人ともウーノの機嫌が悪くなったことに気付いたらしく、笑い声が収まる。 「そ、そういえばドクター? 本当に自首してしまうの?」 「私に公の場で研究を続けさせ、人々にそれを提供することを認めるならだがね」 「そんなの無茶ですわ」 「私ごと聖王陛下と聖遺物を葬り去らせるというなら構わんさ。管理局の法に照らし合わせるなら…改心して管理局に奉仕すれば数年で無罪放免といった所だ。 奉仕するのを管理局にではなく管理世界の人々に、という風に変えさせたりも出来るかもしれないだろう?」 「ドクターの目的はそれですか?」 うんうんと、スカリエッティは大きく頷いた。 一見管理局を煽っていた時と変わらない様子だったが、ナンバーズの中でも長い年数スカリエッティに付き合ってきた二人には、その先を見据えた思考こそが彼の本性だと理解出来た。 もう何年も前からのことだ…… スカリエッティは、研究の為に生み出し、育て上げておいて、最後には成果を倫理的に問題がある等という理由で断念するアホ共に付き合い続けるという茶番に………早速、限界が来ていた。 スカリエッティの底に溜まっていく澱みが時折、公の事件として現れるようになった。 より派手に、より大きく、スカリエッティの起こすトラブルは増えていった。 ナンバーズに世話をされて、これでも少しなりを潜めていたが……スカリエッティは今、アルハザードとはまた別の超高度な文明が生み出した創世王という不思議なものに触れた、今。 「そうだ。私は日のあたる場所に出る。たかが魔道士相手にデバイスを作って満足してるようなカス共や本棚に押し込められて整理してるだけの腑抜け共なんぞが……! 私こそが、太陽に照らされる(人々に賞賛される)価値があるッ!」 胸を叩く音が、ゆりかごの「玉座の間」に響いた。 「新たな創世王に新たなゴルゴムが必要となる必然があるなら……ッ、生み出すのは私だ。私だけが生み出せるだけの才能があるッ!!」 その時、エマージェンシーコールが、スカリエッティ達の体を貫いた。 細胞をざわつかせる嫌な音にさらされる彼らの前に巨大な画面が開いた。 黒い肌、燃えるような赤い複眼が太陽に照らされ、光り輝いていた。 スカリエッティから与えられた血色のマントが風に靡き、火花が散った。 「RX……」 聖王が玉座から立ち上がった。 * 公開陳述会の様子はRXもすぐに目にすることになった。 元々公開されていたが、スカリエッティによってより広範囲に情報が流されたお陰であった。 リアルタイムに近い速さで公開されているにもかかわらず改竄されているのだが、余程注意しなければわからないだろう。 もっとも、改竄されているかどうかなどRXには関係のないことだったが。 管理局最高評議会がスカリエッティを生み出し研究や犯罪を指示していたことは局員や人々を困惑させ、 裏切り行為を行っていた評議会以下の人々に対して真偽は兎も角としても怒りを持たせていた。 RXがウーノらと暮らしていた頃、近くに暮らす信者達を目にする機会はあったが、管理局の手が回らないような状況を起こすような人々ではなかった。 不正に対する自浄作用ならクロノ達が動き出している。 ヴィヴィオが、泣いて助けを求めている。 重要なのはそれだけだ。 他の誰かの助けが届きにくい場所に、泣いている子供がいればどうするか? 「RX、君と争うつもりはないんだがね」 空へと浮かび上がったRXの聴覚にスカリエッティの声が届く。 どうやらスカリエッティから渡されたマントを通して声が聞こえているようだ。 「それなら今すぐにヴィヴィオを帰すんだ!! 幼い子供を攫い、自分が犯した罪を正当化する為に利用するなど、この俺が許さんッ!!」 「フゥ……ある逸話では、この船は君の前の創世王と戦っている。聖王陛下にお願いして調べてもらえば、君は故郷に帰れるはずだ…勿論、それは聖王陛下とゆりかごがセットになって初めて出来る事だと私が保証しよう。それでもかい?」 「それがどうしたッ!!」 「そうか……じゃあ君が拳を下ろさざるを得ない状況を用意するまで眠っていてもらおう」 間髪入れずに返事を突き返されたスカリエッティがため息混じりに返すと、上昇していたRXの動きが停止した。 隣でデータを操作していたウーノもため息をついて、手を止めた。 RXの補助器具であったマントが、スカリエッティの指示でRXの能力を押さえ込む為に蠢いた。 「「攻撃対象特定が困難」で「発動が遅く」「消費魔力が大きい」んだが、そのデバイスを対象にして聖王陛下がやれば関係がないと思わないかね…では聖王陛下、よろしくお願いしますよ」 「………悠久なる凍土、凍てつく棺のうちにて永遠の眠りを与えよ。凍てつけ!! 『エターナルコフィン』」 かつて、闇の書に対処する為にクロノが使用したランクSオーバーの高等魔法が完全な形で発動する。 対象を半永久的に凍てつく眠りへと封じ込める魔法は、ゆりかごの動力源から送られる莫大な魔力を使用して本来の魔法の性能以上の効果を生み出していた。 だがその時、不思議なことが起こった。 キングストーンの光がRXから放たれ、何事もなかったかのようにRXは動き出す。 流石のスカリエッティ達もそれには苦笑いしか浮かばなかったが、スカリエッティは次を指示することは忘れなかった。 「どうするんですかドクター?」 「……嬉しそうだねウーノ?」 「そんなことはありませんわ」 「ククク…………確かにインチキ臭い強さだ。だがまぁ、眠っていた方が幸せだったんだがね。そんなに強くない方がさぁ」 マントに細工があるというのならば……RXは落下しはじめた自分の体をゲル化させる。 ゲル化して移動すれば一瞬後には、聖王のゆりかごの内部へと突入することだって出来る……だがその時、RXの超感覚はゆりかごから魔法が放たれることを察知した。 奇妙なことに、その魔法はRXを標的にしていなかった。 標的とされた箇所にも、生命エネルギーの揺らめきは見えず、何かが動く音もしていない。 魔法により、何の前触れもなく発生する雷、その効果を予測したRXはそれに従ってゲル化移動を行う。 移動を終え、ゲル化を解いたバイオライダーの体を巨大な雷が打った。 周囲への被害を考慮して制御された魔法の威力は、効果範囲にそのエネルギーの殆どが集中する… それにも関わらず、雷の輝きは周囲を際限なく照らし、伝わっていく衝撃は尽くを破壊していく。 一瞬の間に通り過ぎていく雷の中で、バイオライダーはバイオブレードを抜いた。 息をつく暇もなく同じ雷がバイオライダーを襲おうとする。 だが雷に打たれながら、差し出したバイオブレードの刃に二度目の雷は吸収された。 必殺の武器であるバイオブレードには、エネルギー攻撃に対しては吸収・反射する盾としての能力も備わっていた。 バイオライダーは、バイオブレードを払うように振るい、反射された雷は聖王のゆりかごへと返される。 反射された雷がゆりかごの装甲に浅い傷跡を残すのを見る間も与えられずに、またバイオライダーの感覚は同じ雷が他の場所に放たれるのを察知した。 再びゲル化したバイオライダーは、再び何かの代わりとなって雷に打たれた。 すぐにまた別の場所へと雷が放たれる…、バイオライダーはゲル化を余儀なくされる。 雷がバイオライダーを襲う。 目の前にはやはり、子供が立っていた。 子供が庇われたことを認識する前に、新たに放たれることを察知したバイオライダーは突き動かされていく。 「レリックや私の作品を犠牲にしてとったデータは活用するさ……」 ゲル化を繰り返す体にスカリエッティの声が聞こえてくる。 「クク……君の弱点はその『無敵さ』さ。RX、ミッドチルダ全域の人間をランダムに狙い打ち、艦も一撃で落とす威力を持った次元跳躍魔法から人々を守れる人間などいない。君だけだ」 ウーノの調べ上げた場所へ、聖王が連続で範囲攻撃魔法を放つ。 カバーに入れば防げるようにする為に範囲を絞り、結果威力は高まってしまったが、RXを殺すには到底及ばないようでスカリエッティは安心した。 RXがそれ以外できない程度の間隔で撃ち続けるなど魔法のランク、消費される魔力の量から言って聖王のように無尽蔵の魔力を使用できなければ不可能なことだ。 この光景を見て、魔法の特定を行えば管理局にも良い牽制となる。 今のところ予定通り進んでいることを確認したスカリエッティによって、中継のチャンネルがジャックされた。 「『ゆりかご』を見て私の提出した証拠、私の技術が嘘やハッタリではないことは実感していただけたと思う。 さて、皆さん。ここからが重要なところだ。しっかりご静聴していただこう」 RXにはそれをゆっくりと見る暇はなかった。 RXを襲う雷が止むのも待たず、今もまた新たにミッドチルダのどこかへ降り注ごうとする雷の前触れが、はっきりと感じられる。 「『私はマスクド・ライダーを作り出せる。普段皆さんを守っているマスクド・ライダーの内一人は私が生み出したものだ』」 ゲル化を解き、雷を受け止めながらはっきりと耳にその言葉が聞こえた。 周囲に映る複数の画面に現れたスカリエッティが、セッテの、そしてセッテとよく似た姿をした姉妹の姿を提示する。 また雷がゆりかごから放たれるのが感じられた。 叫ぶ暇もなくRXはゲル化した……スカリエッティは大きく広げた手のひらを画面に向ける。 「私を認め、私に研究させてくださったなら、私は1年以内に管理世界全体、各管理世界にマスクド・ライダーを5名ずつ用意することを約束しよう。 私に今後も研究を続けさせてもらえたなら……!! 私は皆さんにこの技術を、提供する」 目も眩む光の中、RXは背後にいる子供の親が息を呑むのがわかった。 「皆さん、身に危険を感じたことは? 各家庭のご両親、お子さんに危険を感じたことはあるでしょう? 自分で身を守りたいと思ったことは? 私の技術を使えば、お子さんを自分の手で守ることが可能になる」 「それは素晴らしい…」 電流と共に、真っ黒な肌の上を人々の感嘆の声が流れた。 「私なら、5年以内に皆さんがマスクド・ライダーになれるようになる技術を提供出来る!!」 出来ることなら汚らわしい本局の連中ではなく、皆さんが私を受け入れることを望むとスカリエッティは締めくくった。 前へ 目次へ 次へ
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【検索用 くろいたいよう 登録タグ 2010年 Bruno Clara VOCALOID く フルコンプP 兎眠りおん 動画削除済み 曲 曲か 歌愛ユキ 氷山キヨテル 蒼姫ラピス】 + 目次 目次 曲紹介 歌詞 コメント 作詞:フルコンプP 作曲:フルコンプP 編曲:フルコンプP 唄:歌愛ユキ・氷山キヨテル(オリジナル)、兎眠りおん・氷山キヨテル・蒼姫ラピス・Clara・Bruno(セルフカバー) 曲紹介 「スイカ割りの歌ですが何か問題でも?」 曲名:『黒い太陽』(くろいたいよう) 「えんばんわP」「おっホイ腐P」名義での投稿 歌詞 (ピアプロより転載) (女) 青空の下 (男) 黒い太陽 (男女) 過ちの夏とわかっても二人 (男) 眩しい日差し アツイ浜辺の上で 火照るカラダ抑えて 無邪気に遊ぶ 君を見つめる (女) 波打ち際 寄せる波と戯れ ふいに激しい風が吹きぬけ アナタのアツイ 視線感じる (男) やけた素肌の水着の跡に 抑えきれず男の浪漫が ふくらむ (女) アナタから誘っていい (男) 誘惑の黒い太陽 (男女) 夏の日の思い出が (男) 欲しい (女) 焦らしてアゲル (男) 高鳴る鼓動 潤んだ瞳 抑えきれずよからぬ妄想 ふくらむ 止まらない (女) アナタから誘っていい (男) 誘惑の黒い太陽 (男女) 夏の日の純情を 二人 壊して (女) ワタシから誘ってアゲル 誘惑の黒い太陽 (男女) 夏の日の思い出が (男) 欲しい (女) 遊んでアゲル コメント 名前 コメント コメントを書き込む際の注意 コメント欄は匿名で使用できる性質上、荒れやすいので、 以下の条件に該当するようなコメントは削除されることがあります。 コメントする際は、絶対に目を通してください。 暴力的、または卑猥な表現・差別用語(Wiki利用者に著しく不快感を与えるような表現) 特定の個人・団体の宣伝または批判 (曲紹介ページにおいて)歌詞の独自解釈を展開するコメント、いわゆる“解釈コメ” 長すぎるコメント 『歌ってみた』系動画や、歌い手に関する話題 「カラオケで歌えた」「学校で流れた」などの曲に直接関係しない、本来日記に書くようなコメント カラオケ化、カラオケ配信等の話題 同一人物によると判断される連続・大量コメント Wikiの保守管理は有志によって行われています。 Wikiを気持ちよく利用するためにも、上記の注意事項は守って頂くようにお願いします。
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「兄は今別件で出かけています。だからこそ私がこうして…」 「それが気に入らんというのだ!!」 怒声をあげたレジアスに、セッテは仮面の下でため息をつく。 怒りたいのは彼女も同じであった。 何故犯罪者を捕らえて連れてきたにも関わらずキレた中年の相手をしなければならないのか、意味がわからない。 何より光太郎が今ここにいない、という事が彼女の神経を尖らせていた。 「BLACKが他の管理世界で海の連中と一緒にいることが確認された。奴も私の誘いを断って、海に着いたということか!?」 「それは違います。兄も事情が…本当は余り関わりたくない様子でした」 「フンッ、本当に違うというのなら、奴の口から直接聞きたいものだな!」 吐き棄てたレジアスは足元に転がる犯罪者を蹴りつける。 八つ当たりで蹴りをいれられた犯罪者は気絶させられたままうめき声をあげたが、セッテは止めなかった。 光太郎なら止めたかも知れないが、セッテは犯罪者に対して寛容ではなかった。 「BLACKは空港で起きた二度のレリックの暴走に巻き込まれている」 前後の説明を抜きにして理由を言われたレジアスは、怪訝そうな顔を見せた。 「ほう、それは本当だろうな? 現場で彼を見たという証言があったが、ただの偶然ではないということか…?」 「はい。二度目は明らかに兄を狙っていました。あれほどの災害を引き起こす代物を兄は放っておけなくなったようです」 レジアスの舌打ちが耳に入り、セッテも居心地悪そうに姿勢を崩した。 二人が怒る原因となっている光太郎は、今ミッドチルダを離れている。 二度目のレリックの爆発に巻き込まれた光太郎は、海からの、正確にはハラオウン家からのレリックとスカリエッティに関する依頼を断れなくなっていた。 月に何度か、今回も先週から光太郎はフェイト・T・ハラオウンの任務に同行中だ。 スーツ姿の光太郎と空港から出て行くフェイトの姿が思い出される上にそんな不愉快なことを説明しなければならないセッテも舌打ちしたい気分だった。 女性誌から得た情報でははしたないことだから我慢していたが。 相棒としてなら自分が。情報収集ならばウーノもいるというのにドクターがずっと以前に関わった計画『プロジェクトF』の遺産であるフェイトという魔導師を頼るかのように行動を共にするのは気に入らない。 口ではうまく説明できないが…考えるほど苛立ちが募った。 「…そういうことであれば、地上で起きるテロ行為を未然に防ぐため、と言っても間違いではないか」 レジアスはそう言うと、考え込むように腕を組み唸り始めたのでセッテは付き合いきれずにその場を後にした。 セッテは家に帰り、その事を姉のウーノに相談したのだがウーノは何故か、「貴方も好きだったの? 悪い事は言わないから止めておきなさい」と言った。 「確かに顔も能力も悪くないけど、仕事しないわよ? そういう意味ではドクター以下ね」 「そこまで酷いとは思いませんが…私達の素性だけ見れば一緒に住んでいるのが不思議なくらいですよ」 「サボテン枯らすような男だし、食事の味付けは濃すぎるわ。それに頑固で融通利かないところはあるし、空気読めないし、ヘタレだし、雰囲気も作れないし」 ……「セッテ、もういい」 レジアスと一人で会った翌日、姉が街に出てくる度に集まっているカフェで、セッテは不満げに唇を尖らせた。 会うなり鬱憤が溜まっていることを見抜いたチンクがセッテにここまで話させたのだった。 なのに何故、とセッテは口を開いた。 「チンク姉さま? 酷いのはココから1時間分くらいなんですが…」 「もう十分だ。ウーノを殴りたくなってきたからな」 「そうですが…」 もっと愚痴を零したかったところだが、このチンクの様子では無理だろうとセッテは思った。 心地よい日差しの差すカフェの空気を一人でどんよりと曇ったものに変えかねない程の何かを、チンクは発していた。 「ドクター以下? なら交換してもらいたいな…」 ぽつりと零したチンクは非常に疲れた顔をしていた。 同席していたドゥーエが苦笑しながら先を促す。 「今度は何をやったの」 「…用途不明金が増えていてな。調べたら車が出てきた。隠れて何をやっているのか問いただしてみたら、大陸横断レースに参加しながら古代ベルカの聖人の遺体を集めてくるとか言い出したよ。どこまで冗談なのか本当にわからない」 心底疲れた様子でコーヒーをかき混ぜるチンクをどこか楽しそうにドゥーエは見ている。 セッテはどんな顔をすればいいのか迷った挙句、苦笑を浮かべた。 「……お疲れさま」 労わるようにドゥーエが言い、甘いものでも勧めようとメニューを取る。 苦笑を浮かべていたセッテは表情を一瞬硬直させると、席から立ち上がった。 「すいませんチンク姉様。犯罪が起こったようです」 言うなり走り出したセッテをドゥーエは手を振って送り出す。 セッテの背中には何か、スカリエッティの所にいた頃には見られなかった凛としたものが見受けられた。 バイクに跨り、あっという間にセッテが去っていった後……コーヒーを未だにかき混ぜるもう一人の妹を見てドゥーエは頬を引きつらせた。 「セッテったら逃げたわけじゃないでしょうね…」 愛車に跨り走り出したセッテの背中に姉の声が聞こえたが、セッテ自身にそのようなつもりはなかった。 エンジンが回転数を上げていく、それに連れ彼女の精神は研ぎ澄まされ、不満はどこかへと追いやられた。 スカリエッティがアクロバッターをモデルに生み出したバイクは、驚くほど静かに加速していく。 製作者の趣味で地球の物が用いられたメーターは直ぐに百をこえ二百を越える。 風を切って進む感覚に薄く笑みを浮かべた。 微かに起こる車体の震えをしなやかな筋肉に覆われた下半身でしっかりと押さえ込み、彼女は僅かな車と車の隙間に見える道や鋭いカーブを強引に曲がっていく。 人気がなく、陽射しと建物が作り出す陰の中で変身が遂げられる。 光の中へと出でて、道路を走る彼女の感覚は彼女が過ぎ去った道にいた市民達が大小様々に見せる声援を逃さなかった。 微かに口の端を持ち上げたり、手を振ったり、声をだしたり…何時の頃からかセッテに影響を与えるようになったそれらの先で、彼女の敵が待ち受けていた。 人間以上の視覚に捉えられた犯人の数は二六名。陸士達の数と配置。人質の数、位置は周囲にいる人々の声から把握していく。 「2箇所同時…!?」 周囲で零れる声を拾い上げたセッテは思わず呟いた。 この場所だけではない。別のもう一箇所を犯人の仲間が押さえ、連絡を取り合っている……セッテは、一瞬逡巡し突入を決意した。 彼女だけのIS、スローターアームズを起動させたセッテは六本のブーメランブレードを空中に投げた。 空中に浮かび上がったブーメランブレードは目にも留まらぬ速さで上空へと消えていく。 ミッドチルダの治安は光太郎が現れてから改善された。 だが、同時に光太郎に対抗する為に犯罪者達もより強い能力や異常性を持つ者が現れていた。 その者達を相手取るには、セッテの能力では完全に対抗するには十分とはいえない。 それどころか光太郎の能力を持ってしてもそれは手に余っていた。 数が多すぎるのだ。 一対一なら何の問題もないのだが、今回のように人数が多い場合は… どうしても同じ場所にいる陸士達の力を借りる必要がある。 現場に駆けつけたセッテは、そのまま勢いを削がずにその集団の中心と思われる一人へとバイクで突っ込んだ。 セッテが現れたことは既に情報として流れていたのだろう、間髪入れずに援護射撃が入る。 セッテは犯人を追いかける。 陸士達はそのセッテ達を形だけ追いかけ、犯人を捕まえる。 それがセッテと光太郎、二人のライダーと陸士達の関係だった。 勿論、レジアス達は時々思い出したようにライダーを非難したり捕らえると公言している。 壁を走り、バイクを持ち上げたセッテはそのまま飛行を開始する。 バイクの勢いに自分の飛行能力をプラスした一瞬の加速は、ようやく気付いた犯人が驚愕から立ち直る暇を与えず、魔導師を紙くずのように弾いた。 くの字に折れた犯人の体が地面と並行に飛んでいくのを、セッテの意識は残りの犯人達へと移っていた。 バイクから飛び降りた彼女の視界に、リーダーと思われる犯人の周囲を固めていた5人の姿が入る。 彼等は早速的でしかない。ここに向かう途中上空へと投げていた五本のブーメランブレードがセッテの意思に従って上空から降り注ぎ、彼等を叩き伏せる。 今回は運悪く、セッテ自身を囮とした不意打ちから逃れたのが一人だけいた。 ブーメランブレードを避けた男のデバイスの形からベルカ式の魔導師だということをセッテは悟り、仮面の下で嘆息した。 光太郎が共に行動しているフェイト・T・ハラオウンは高速戦闘を行うミッドチルダ式の魔導師。 決して他意はないが防御魔法を使い、バリアブレイクの機能を備えたブーメランブレードの餌食となる魔導師よりはマシとはいえ…決して他意はないのだが。 不意打ちから逃れた犯人が、人質に向かって魔法を撃つ。 恐らくはセッテの動揺、あるいは人質を助けに行くのを期待してのことだろう。 光太郎…ライダーは人質を何より優先させる傾向があることは彼等に知られている。 だが、それはセッテも承知している。人質の目の前に残り一つのブーメランブレードが突き刺さり、それを防いだ。 一瞬でも稼げるとでも思ったのか、魔力を一時的に倍増させるカートリッジをデバイス内で炸裂させていた犯人が驚愕の表情を浮かべた瞬間、陸士隊の狙撃が犯人のデバイスを持った手を撃ち抜いた。 デバイスを落とし、魔法の補助を失った犯人に、セッテは一歩踏み込み、正拳突きを打ち込んだ。 人間を遥かに超えた筋力を与えられたセッテの一撃は容易く犯人の背骨までを砕いていく。 「自業自得だな」 柔らかい筋肉と貧弱な骨が砕ける感触がほんの少しだけ手に残った。 周囲を見渡すとセッテの突撃に一瞬遅れて行動を開始した陸士達が犯人達に砲撃を開始している。 犯人数名を叩き倒したブーメランブレードを拾い上げ投げつけ、セッテは残りの犯人へと突撃していく。 目にも留まらぬ速さで距離を詰めるセッテに犯人の誰か何か言おうとしたが、セッテは構わず腕を振り上げた。 「銀行に立てこもった仲間が…」 体にブーメランブレードを食い込ませ、痛みで気絶する魔導師を見下ろしたセッテの表情には心配の色はない。 残りの敵を確認しながら、彼女は姉に連絡を取った。 「ウーノ姉さま。銀行らしいですが、どうなりました?」 『既に光太郎に解決してもらったわ。本当、来るのは遅いくせに解決するのだけは早いんだから…』 「なるほど。流石お兄様ですね」 『しかもハラオウン執務官とご一緒だそうよ』 「なるほど…」 犯人に対する慈悲は元々余りないセッテであるが… その日は普段よりも更に速やかに残りを片付け、その場から去っていった。 * 残りの犯罪者を片付けたセッテはバイクに乗り、遠回りして自宅へと帰っていく。 犯罪者を倒しているとはいえセッテも光太郎も管理局にとっては犯罪者。 彼等を狙う犯罪者は勿論だが、管理局にも彼女は後を付けられる立場にあった。 住居自体廃棄都市区画の傍にあるのだが、セッテはそこを通り過ぎて廃棄都市の中でも荒れた場所を通りぬけ安全を確認してから変身を解き、自宅に戻った。 光太郎はもう戻っていて、セッテが戻ってくるのに気付いていたらしくセッテがいつもバイクを止めている辺りに立ち、彼女を待っていた。 柔らかい笑みを浮かべ、出迎えるその隣には何故か執務官の服を着た女がいたが。 「おかえり、何かあったのか?」 普段と変わらない態度のつもりだったセッテは心配そうに尋ねる光太郎に素っ気無く返す。 停めているうちにタイヤの後がついた場所へとバイクを止めながら、セッテは無遠慮な視線をフェイトに向けた。 「ただいま戻りました。……で、その女がフェイトさんですか?」 「? ああ、今レリック探しを手伝わせてもらってる」 セッテの態度に違和感を感じながらも光太郎は答える。 場を和ませるように愛想笑いを浮かべ、フェイトはお辞儀をした。 「初めまして。貴女がセッテさんですか?」 「私を知って…話したんですか?」 「あ、ああ。別に隠すような事でもないだろ?」 セッテが怒っていると思ったのか戸惑ったように返す光太郎を見かねてフェイトが慌ててフォローに入ってくる。 「ご、ごめんなさい。私が聞いたんです。光太郎さんがどんな暮らしをされてるのか気になったから…」 それが気に入らず、セッテは少し挑発的な口調で恐らくはフェイトに伝えられていない事実を教えてやった。 「…私達がジェイル・スカリエッティの手で生み出された戦闘機人だということも話されたのですか?」 「え…」 やはり教えていなかったらしく、驚いた様子を見せるフェイトにセッテは自分でもわからない内に軽く笑みを浮かべる。 光太郎は慌てて笑みを消して、咎めるような目を一瞬セッテに向けてからフェイトに弁解を始めた。 「……すまん!! 君がスカ「プロジェクトFの遺産である貴女と、まぁ同じようなものです」 「…プロジェクトF?」 「ドクターの研究を基に生み出された貴女にとってもドクターは父親のようなもの」 「違うッ!! あの男はただの犯罪者だッ!!」 一瞬青ざめたフェイトが硬い声で怒鳴った。 噛み締めた歯を剥きだし、怒りを見せるフェイトと挑発的な態度を崩そうとしないセッテの間で、混乱し始めた光太郎は声を張り上げた。 「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 俺にもわかるように説明してくれないか?」 「それは…」 「お兄様。ヴィヴィオを預けた方のご家族とはいえ所詮は他人。込み入った話をするような仲ではないのですから、無理強いするのは止めておいたほうが…」 「どうしてそうなるんですか!! …~~っ、わかりました。お話します。隠すような事でもありませんから…!! よければ貴女方の事も聞かせてください。光太郎さんがどんな方達と同居されているのかとっても気になります」 強い語気で言うフェイトにセッテの表情が険しさを増す。 一人事態が飲み込めない光太郎がおろおろしていて、騒がしさに気付いて部屋の外へ出たウーノは影でため息をついていた。 「戦う時以外ももっとスマートになれないのかしら?」 長い話になるからと部屋に移動してフェイトが光太郎にかいつまんで話したのは、彼女の生まれる以前から今まで…彼女の人生の殆どに及んだ。 フェイトが人の手で生み出された存在で、DVを受けながら行った事やハラオウン家に引き取られてからのこと。 語りながら、彼女がヴィヴィオを気にする反面、同じようにDVをしてしまうのではないかと不安になることもあると洩らすのを光太郎は何も言わず静かに聴いていた。 その隣で面白くなさそうにしていたセッテも、話を聞き終えてからフェイトに自分の素性を話した。 自分がスカリエッティに生み出された戦闘機人であり、恐らくは光太郎に自慢するために送られたのではという程度しか情報を持っていないと語るのを、夕飯の用意をしながら耳を傾けていたウーノは否定も肯定もしなかった。 ウーノはセッテが知っている以上のことを知っている。 スカリエッティの秘書を長年勤め、自身をスカリエッティの研究施設のCPUと直結し、その機能を管制していたこともあるウーノならスカリエッティの行動を少しは予測できるだろう。 だが……ウーノは料理に専念し会話に参加しようともしなかった。 フェイトが話し終えて部屋を後にする頃には、日はとっぷりと暮れていた。 セッテ達の素性を聞かされてか、自分の素性に対する反応を伺っているのかベスパで送り届ける間フェイトは口を開こうとしなかった。 光太郎も難しい顔を作って黙っていたが、アパートから走り出してから4度目の停車をし、信号の色が変わるのを待つ間に口を開いた。 エンジン音に紛れそうになる、ヘルメットの中から発せられるちょっとくぐもった声にフェイトは耳を傾けた。 「ごめん。こんなことになって悪かった」 謝る光太郎にフェイトは慌てて口を開いた。 「いいえ。私も、ヴィヴィオのことを預かる時にちゃんとお話しておいた方が良かったかもしれません……お義母さんが見てくれるからって言っても、私が、その…いつか暴力を振るって台無しにしてしまうかもしれないんですから」 「……話を聞いてヴィヴィオをクロノに預けて良かったと思ったよ。フェイトの思いもわかったし親友のなのはちゃんだっけ? その子とも今度会わせてくれないか」 「今度紹介します」 ベスパが走り出す瞬間フェイトはタイミングを合わせて腰に回していた腕に力を込めた。 ミッドチルダのメーカーが出しているバイクに比べて地球製のバイクは密着度が高いせいだろうか? そうしているとメットや服越しに脈打つ鼓動が聞こえてくるような気がした。 そうしていると、自身のそれも心地よい速さで鳴っているように感じる。 なのはにこの事を話してみようと考えながら、フェイトは付け加えた。 「まだ詳しくお話できませんけど…なのはも準備の為に地上に来る機会が増えると思いますから」 ・ ・ ・ ・ その数日後、光太郎はフェイトから突然の連絡を受けて三つボタンのスーツに袖を通していた。 ジャケットだけでなくベストまで一番上のボタンを段帰りにして、遠目には二つボタンのように見えるそのスーツはスカリエッティのところにいる頃に注文し、彼と袂を別ってから光太郎の下へ届いた一着だった。 アパートを借りてすぐの頃だった。 どこから聞きつけたのか、職人から連絡が届き光太郎が顔を出すと注文を放って逃げた事を罵られた後何度か仮縫いをして完成したスーツだ。 他にも何着かこんなスーツがタンスの中には入っている。 光太郎の収入を照らし合わせると不釣合いな値段の品だが、スカリエッティにはいつかこの借りも返さなければならないと光太郎は考えていた。 スカリエッティは、光太郎が実験に付き合った報酬としては安すぎる位だと考えているのでセッテを通して返さなくていいからと伝えてきていたが、少しずつお金も貯めて合計金額をウーノに作ってもらった口座に貯金してある。 ウーノの弛まない調教によってジャケットはおろかズボンの裾の皺まで鏡の前でチェックし、納得のいくまで何度かネクタイを結びなおしてから光太郎はやっと鏡の前から抜ける。 「じゃあ出かけてくるよ」 「いってらっしゃい。多分ドクターの新しい情報はないわよ」 着替え終えた光太郎が、そう言って靴を履いているとウーノの声が背中に掛けられた。 肩越しに一度振り向くと、ソファに腰掛たまま後頭部だけが見えた。 コーヒーの良い香りが微かに漂っているのが常人以上の嗅覚を備えた光太郎にはわかった。 彼女の言うとおり、フェイトと共に行動している理由の大半はスカリエッティを探すためだったが、新しい情報は殆どなく掴んだとしても空振りも多かった。 ウーノに頼めばもっと正確な情報が得られるかもしれないが、この街の犯罪者を捕らえることについては協力できても、スカリエッティを捕まえるために協力してもらえないのだから仕方がない。 「(ウーノが言うならそうなのかもしれないけど、)もしもってこともあるからな。セッテは?」 無理やり吐かせることも光太郎の性格的に向いていない。 それをわかっているのかウーノは光太郎が探し始めてからもずっと堂々としていた。 もし無理やり吐かせようとしても、光太郎の限界が先に来る事を見越しているのかもしれないが。 「パトロールですって。もうちょっと構ってあげないとあの子拗ねてしまうわよ」 「ちょうどいいのさ。セッテには早く一人前になってもらいたいからな」 「稼動年数は短いんだから、グレるわよ」 その言葉に光太郎は眉を寄せた。 セッテは、まだ感情表現が下手だがとても真面目でそんな風には見えない。 だが姉妹であるウーノが言う事を、まさか、と一笑に付すことも出来ず光太郎はもう一度肩越しに振り向いた。 それを予測してか、光太郎に見えるように空中に一つウィンドウが開かれていた。 けばけばしい化粧をした10代後半から20代前半位の年頃の女性の写真が写っている。 その髪は天を突いていた。 下手な生け花? いや、ドリルか何かのようでもあり、Dr,スランプのイガグリ先生のように見えなくも無い。 「昇天ペガサスMIX盛りよ。こうなってからじゃ遅いの」 ……意味がわからない。 「……わかった」 若干精神的に疲れながら靴を履き終えた光太郎が零した言葉に、ウーノがまだ物言いたげな視線を向けて来る。 だが光太郎はあえてそれには触れずに家を出た。 ベスパに乗って、待ち合わせ場所に向かう。 走ったり、あるいはそこからフェイトの車に乗った方が早いのだが光太郎のわがままでベスパに乗って移動をしていた。 アクロバッターではないから不満は多々あるし、皺がよってると同居人に駄目だしされる事になっても、それでも光太郎はバイクが好きだった。 夕日に照らされ、少し肌寒い位の風に吹かれながら走るのはとても心地が良い。 そうして気分良く待ち合わせ先に着くと、まだ待ち合わせの時間には早いがフェイトはもう到着して光太郎を待っていた。 出会った頃よりいくらか成長した彼女は、人目を集めながら光太郎に手を振ってきた。 「おはよう。待たせてごめん」 「いいい、いえ!! と、突然お呼びだてしてすいません!!」 不意に何故か、光太郎は嫌な予感がした。 スカリエッティ絡みの、あるいはレリック絡みの任務の手伝いを頼まれるようにはなった。 その時フェイトは、決まって執務官の制服を着ている。 今日は淡い暖色系のワンピースで、光太郎の同居人達には呆れられている服のセンスから言うとミニのスカートは短すぎる気がしたけれど。 「あの…へ、変でしょうか?」 「えっ!? いや……仕事の時と違ってあんまり可愛い服だから言葉が出なかったんだ。き、綺麗な色だね」 何度も呆れられたり反論して黙らされてきた結果、今の光太郎はそんなことを一言も言わずに口下手なりにフェイトの服装を褒めるようによく訓練された光太郎だったが。 「あ、ありがとうございます。すずかちゃんやアリサちゃんと一緒に買ったお気に入りなんです…」 「今日はどうしたんだい? 突然のことだったからまた仕事の話かと思ったんだが……」 「す、すいません…!! あ、あの…じ、実は」 また頭を下げて謝る挙動不審なフェイトを見て、光太郎の嫌な予感は強まる。 もう少しで何か浮かび上がりそうなのだが…そんな時間は与えられるはずもなく、フェイトが続きを言う。 「あの、…す、ちゅ、好きです!! もも、もしよりゅしければ付き合ってください!!」 「…え?」 告白し、頭を下げたフェイトを前に…衆人観衆の中から光太郎の超感覚は正確に目を輝かせてガッツポーズを取る女性を見つける。 光太郎の中でフェイトとその女性が、稲妻のような鮮烈な一本の線で繋がった。 (なのはの仕業か…ッ!! …なのは?) 思わず心の中で叫んだ名前に光太郎は内心首を傾げた。 ゴルゴム時代から何かの事件に巻き込まれた際、それがゴルゴムやクライシス帝国の仕業だった場合は光太郎の脳裏にははっきりと彼等の名が浮かんだ。 理由は光太郎自身も説明できないのだが、何故かはっきりと断言できるのだ。 それは天才的な数学者が簡単な数学の問題を見た瞬間答えが頭に浮かび説明できないような。 探偵が常人が気付かぬ些細な手がかりから犯人を推測するような。 未だ使いこなす事が出来ない未知の部分。 怪人の能力によって導き出される予知能力染みた洞察力なのだ。 と言ってもこの場合、それも必要なかったのかもしれない。 光太郎がそちらに耳を澄ませてみれば、その女性の声が聞こえてくる。 『フェイトちゃんやったね!!』 『な、なのは…もしかして突然呼び出したのって……』 『うん!!フェイトちゃんから相談を受けたのっ!! 間違いなく恋だと思ったから朝からかかってやっと説得したんだよ!!』 『そ、そうなんだ。えーっと……今日こそ家に溜まった洗濯物を片付けるはずだったんだけどな』 『え、? 何か言った?』 『い、いや!! いいんだ。うん…』 『苦労したんだからっ、フェイトちゃんったら絶対言わなかったら気付かなかったと思うの』 『いや…もしかしたらそれ、なのはの勘違いじゃあないかな?』 疲れたような声を最後に、意識的に耳を傾けるのをやめた光太郎はなのはに呼び出された哀れな青年に同情の念を抱きつつ同意する。 「俺もそう思う…」 フェイトから向けられていた感情は恋愛感情とは少し違うものだったはず… 光太郎とフェイトは光太郎の記憶違いでなければ7~9歳位の年の差はある。 90年代の日本で暮らしていた光太郎の感覚から言うと、そうした関係を結ぶには少し年が離れているように思える。 今目の前に確かにいる、親友に焚きつけられてしまったフェイトにそれを聞いても否定するだろうが。 「だ、駄目ですか? やっぱりう、ウーノさん達と」 「い、いや、!! それは違うんだけど…」 フェイトの美貌だけで人目についていたのが、告白によって更に観客を呼び寄せていることに興奮しているフェイトは気付いていないようだった。 慣れていない光太郎が羞恥心を刺激されて視線を泳がせようとする度に、フェイトは泣きそうな顔をする。 点り始めた街灯の光に照らされ、目尻に光るものを見つけてしまった光太郎は目を逸らす事も出来なかった。 『そんなことないのっ!! 私だって、…そういう気持ち、わかるから』 『なのは………ッ、なのは、その、き、聞いてもらいたい事があるんだ』 『え? う、うん』 ちょ、ちょっと待て貴様ら。 動揺し、汗をかきながら光太郎は頬を引きつらせた。 その間にも衆人観衆からは、本当に厳しい突き刺さるような視線が美女に告白された色男に向けられている。 カップルも多いらしく、雰囲気は光太郎にとって悪化していくばかり…そんな中、光太郎は一言だけ搾り出した。 「す、少し…考えさせてもらえないか?」 コクン、と小さく頷いたフェイトに光太郎の動揺はますます深まっていった。 前へ 目次へ 次へ
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雲を突き抜けて聳え立つ管理局地上本部。 魔法の力によるものかその背後に小さく見える本部より低い標高の山々に雪化粧が施されていたが、地上本部の上へは雪がかかることはない。 その屋上に、夜になってから三人の男が集まっていた。新月の日を選んでいたが、星明りが男達の顔が浮かび上がらせる。 飛蝗の顔をし持つRX。白いスーツを着たヴェロッサ・アコースは風に靡く髪を手で押えていた。 レジアス・ゲイズは陸の制服を着込んで一人だけ寒そうにしている。 雲の上にあるそこは何の装備もなしに外で待つには寒々しい場所だった。 だが地上本部以上に高いビルは存在しないので、雲の上になるため盗み見る者の姿を発見しやすいという利点があった。 額の第三の目とも言うべきレーダーと二つの複眼を使って周囲を探るRXに二人の視線は向けられていた。 「ゲル怪人のことは聞いておるが、新しい情報はない」 「本当ですか?」 「既にスカリエッティに関する情報は全て提供してある。あんなことはもう起きないだろうとぬけぬけと言いおったがな」 疑うような目をして尋ねるヴェロッサに、レジアスが白い息を吐きながら言う。 だがそれもスカリエッティ自身の言葉を信じるならばという条件付きで、信じるつもりはこの場に集まった3名にはなかった。 加えてレジアスの言う情報も、レジアス自身の保身の為に都合のよい情報しか明かされていないのだということは明白だった。 冷えていく体を自前の筋肉が生み出す熱で暖めている中年を見ないようにしながら、疲れが溜まっているのか、ヴェロッサは張りが無い声で更に尋ねた。 「僕の方もまだ成果はありません。レジアス中将、彼の資金を断つ事は出来ないんですか?」 「無理を言うな! 私とお前達との繋がりが疑われたらどうする。貴様らこそいつまで時間と金を浪費するつもりだ!?」 「気長に待っていただくしかありませんね。スカリエッティの居所を掴めるような情報はありませんから…」 ヴェロッサとレジアスは互いに神経を逆なでするような声を出す。 索敵を終了したRXも含めて、3名ともに焦りがあった。 殆ど地上にはいないクロノの紹介で知り合ったヴェロッサは、先日のゲル化した戦闘機人の件で犯罪に手を染めていたレジアスに対し否定的な感情を持っていた。 RXの紹介でヴェロッサと密談を交わすこととなったレジアスは、成果を出す事が出来ない上にレアスキル持ちのヴェロッサに端から否定的だった。 レジアスがRXに対して好意的になったのも、犯罪者を何十人か届けた末のことだったようにもっと回数を重ねれば信頼も生まれるのかもしれないが、二人は共に忙しく仕事の面でも全く接点がない。 二人の間には深い溝があった。 「それよりも」 RXは彼にしては神経質に周囲をもう一度見回った。 「俺の感覚では大丈夫なようだが、ここは安全なのか?」 「…無論だ」 「事前に調べておいたけど、盗聴等の危険はなかったよ」 だけど、とヴェロッサはレジアスを見咎める。 「レジアス中将。貴方の所にいる内通者を即刻排除してもらいたいですね」 「内通者はわかっていれば使い道もある…私の動きには気付いないか危険視していないはずだ」 不機嫌そうに眉を寄せるレジアスの手をヴェロッサは指した。 そこには真新しい指輪が光っている。レジアスの顔に赤みが差した。 「正直に言って、スパイと再婚した貴方の事を信用していいのか僕は迷っています」 「アレか」 「彼女の本名はドゥーエ。スカリエッティの作り出した戦闘機人です」 レジアスの目がヴェロッサから外れ、微かに緩む。 ヴェロッサの不安を煽る反応をレジアスはすぐに仕舞い込んだ。 ニュースで見ることの出来る表向きの顔。強く、重みを感じさせる硬い表情を作り出していた。 「フン、泳がせておるだけだ。貴様のことは知らん」 「失礼ですが魔法を使われたのでは?」 レジアスは魔法が使えない。 その上地上本部の対策についてヴェロッサは信用していなかった。 通常であれば問題がないが、スカリエッティを相手にするには不安過ぎる。そういう評価をしていた。 「問題ない。地上本部の対策は万全だ」 「僕等は命がけなんですよ。他にも何名も…」 「貴様こそもう少し声をかける人間を選ぶのだな。不穏な動きがあると最高評議会が感づきつつある」 「それについてはご心配なく。順調そのものです」 声を荒げつつある二人を一歩離れた位置で見ていたRXが言う。 「…何が必要だ?」 「せめて奴がいる世界を特定出来る情報が欲しい。以前使っていた形跡のある場所位しか見つかっていなくてね」 偽ライドロン、通信の発信源、ゲル化した戦闘機人の処理報酬として支払われたデバイス。 どれもバラバラの位置から送られていてスカリエッティの現在位置を特定する助けにはなっていない。 管理世界だけでも100を超えている上に他にも仕事を抱えるヴェロッサが、管理局にはばれずにその中から一人の科学者を発見するのは容易なことではなかった。 だが既にRXも彼自身が知る情報はほぼ伝えて終わっていた。 「…他の情報は、奴が服を注文した店位しか知らないな」 「教えてもらっていいのかい?」 「構わないさ。メモは…」 ヴェロッサが問題ないと身振りで示したのに、僅かに間を置いてRXは幾つかの管理世界の名前とそこにある店を挙げていく。 「他には何か? この際だ。些細な事でも知っていることがあれば教えてもらいたいね」 RXは記憶を探り、できるだけ詳しい情報を思い出そうとしていた。 もう数年前になるが、スカリエッティが使っていたブランドなども今では分かる。 2人、あるいは3人で暮らしていた時のことが浮かび、熱いコーヒーの香りや洗剤の柑橘系の匂いを思い出す。 その中で彼女が言った言葉でひっかかりを覚えるものもRXは挙げていった。 「ありがとう。何かわかったら連絡するよ」 全て聞き終えたヴェロッサはRXに礼を言う。 三人はそれから暫く寒空の下屋上から見下ろせるミッドチルダの治安について暫く意見を交わしていた。 と言ってもヴェロッサは特定の世界を守る為に動く役職に就いた経験さえないので耳を傾けるに留まっている。 何らかの調査ならまだしも、市民を襲う犯罪にどう対処するかなどの問題についてはRXと大差ない素人考えしか浮かばないのだった。 その話が現場で働いている者達のことへと変り、RXがレジアスの他に犯人を引き渡していたゲンヤ・ナカジマに及んだ時に…レジアスの表情が曇った。 RXにはまだ告げていない事を告げるべきか否か。 ゲンヤ・ナカジマの妻等優秀な者達を率いていたかつての友、ゼスト・グランガイツがどうなってしまったか… 暫し考えた後、レジアスはやはり話さないことを選択した。 もう彼らは何年も前に死んでしまい、今更レジアスにはどうすることもできない。 彼らの遺体や、ゼストの部下だったメガーヌ・アルビーノのまだ幼い娘がレジアスには通達の無いまま管理局によって引き渡され、その後どうなったのかなど考えるまでも無いことだった。 もっと早く気付き配置換えを行っておけば殉死することはなかったし、子供も引き渡さずに済んだという負い目が残っていたが、そんなことは今スカリエッティを捕らえることにすら全く関係が無い。 RXの管理局に対する嫌悪感を強くするだけでしかないとレジアスは頭を振って、感傷を頭の中から追い出そうとした。 その為に強引に自分の管轄で情報漏洩が疑われた不快感を蒸し返し、いけ好かない本局から来たヴェロッサへ怒りを燃やす。それが最も手っ取り早かった。 ぼんやりしていたかと思えば、頭を振り、不快そうに眉間に皺を寄せるレジアスをRXとヴェロッサは不思議に思ったが、二人はマスクド・ライダーに対抗する手だてを練り行動する犯罪者への対策に熱を上げていた。 「ところで六課はホテル・アグスタの警備に回されるそうだな」 「ああ」 突然話を変えたレジアスの態度は不可解だったが、RXは簡潔に答えた。 男の表情から、RXは何があったのかはわからないが、レジアスが深く傷ついた出来事をまだ忘れられずにいることだけは察していた。 ・・ 「あの犯罪者がどうなろうと知ったことではないが、偶然、その前後数日の間にロストロギアがミッドチルダに持ち込まれるという情報がウチに舞い込んでおる」 それを聞いて、表情を変えられないため余人には読み取る事は出来ないにしろ、RXが身に纏っている雰囲気が剣呑なものに変る。 空港でのことや、先日のライドロンのことが頭に浮かぶ。 だがそれよりもRXは、レジアス自身は六課のことを嫌っているのは知っていても、レジアスの棘のある言葉にも反発を覚えた。 ヴェロッサもそれは同じだった。 「ちょっと待ってください。はやて達のどこが犯罪者だと言うんですか!?」 「何を言っておる!! 貴様闇の書事件を知らんとでも言うのか!?」 「貴方が言う事か!!」 はやて達への侮辱に険しい目をするヴェロッサの方へRXが顔を向ける。 「落ち着くんだ。レジアスもはやてちゃん達を侮辱するようなことは言わないでくれ」 咎められたヴェロッサは、レジアスに詰め寄ろうとするのを止めた。 ミッドチルダに集まる情報に全て目を通しているわけではないヴェロッサは、出所を調べてみようとだけ述べた。 「僕はこれで失礼する。こちらも真偽が分かり次第連絡させてもらうよ」 気分を害したヴェロッサがこの場を後にしようとするのを止める手はRXにはなかった。 恐らくはこのまま海へと戻り、仲間達と打ち合わせて別の管理世界に向かうのだろう。 RXは去っていくヴェロッサを見送った。去って言った後、RXは念を押して強い、怒りを含んだ声を出す。 「レジアス。あんな事を言うのは止めてくれ」 「…わかっておる」 ふてくされた子供のような不満げな顔で答えるレジアスにRXは苛立ったが、レジアスの態度にまで口を挟まなかった。 管理局の陸と海の確執もあり、今これ以上の事を求めてもこじれてしまうだろう。 水際で情報を入手する事が出来たのか、戦力を分散させる事を目的とした何者かが手を打ったのか。 「さっきの件だが、こちらでも目下調査中だ。何か分かり次第連絡がつくようにはしておくが…当日までに真偽が判明するかは望み薄だ」 やけに自信たっぷりなRXにしかめっ面のレジアスが言う。 それから二人は、近頃のミッドチルダの状況について暫く話しを続けた。 ミッドチルダの治安は良くなり、陸士を希望する者や協力的な者も年々増加していたが、スカリエッティ以外の犯罪者のことでも二人の間には話す事柄は多数存在していた。 途中で事件が発生する事もなく、どんな犯罪が増加しているのかや灯りに群がる蛾のように集まってくる強力な力を持つ犯罪者について、二人は意見を交わした。 不機嫌そうなレジアスの表情も話す間に険が取れていく。 「おっと、もうこんな時間か。悪いがワシもそろそろ失礼する」 寒空の中話しこみ過ぎたせいだろう、レジアスが体を震わせて時計を見た。 「妻を待たせているのだ」 それを合図に話を打ち切ろうとするレジアスへRXは遠慮がちに尋ねる。 「…レジアス。確かめておきたいんだが、本当に大丈夫なのか?」 「ドゥーエのことなら問題ない…今はまだ奴等はワシを殺したりはせん。ワシを殺す方がデメリットが大きいからな」 ヴェロッサと同じ懸念を示すRXに不愉快そうにレジアスは言った。 「何より奴等はお前を意識しておる。ワシはそれを逆手に都合のいい話を吹き込んである。ワシを排除した場合お前が奴等を探しに行くのではないかとな」 「そうか…」 冗談交じりの言葉に歯切れの悪い返事を返されたレジアスは訝しむような目でRXを見る。 RXはもう一つレジアスに尋ねたい事があったが、口に出せずにいる。 それについては、情に流されない合理的な考えだと言う事も出来る。 だが本当は、それは臆病さを隠しているだけだとRXは気付いていた。 「BLACK。管理世界ではどんな相手でも対象から外れることはない。例え相手がワシを裏切るのかもしれなくても…うっかりワシを握りつぶしてしまうかもしれない相手でもだ」 「!? いきなりなんだ?」 「…だが、その相手によってはお前のことをお義兄さんと呼ばなくてはならないかと考えると、年甲斐のない気持ちにさせられる」 「馬鹿なことを言うなっ」 反射的に返すRXの態度は犯罪者を連行してきたり、スカリエッティのことを考えている時とは違い、若いを通り越して幼さが感じられた。 「ここはミッドチルダだ。予断は許さん状況だが、以前に比べればこの地上本部の人間もBLACKがいるせいで緊張感がなくなっておる有様だ。もう少し……その、気楽に考えてはどうだ?」 そういったレジアスの声は彼の顔に似合わず優しげな響きをしていた。本人もらしくないと感じたのか、言うなりレジアスはそっぽを向く。 「どうしてそんなことを? ロストロギアの事を聞かされたらそうも言ってられないじゃないか」 「ロストロギアによって危機に瀕している世界は他にもある。管理局では割と日常的な話だ。お前の仕事が来るまでに疲れてもらうわけにはいかん」 「わかった。だがウーノ達は俺達の敵だろう」 「勿論だ。奴等ではなく…」 レジアスはその返答を妙に思ったが、口をつむぐ事にした。 よく考えて見れば、六課にスカリエッティが生み出した技術によって生み出された隊員が複数いることなど話すわけも無い。 そのまま二人は逃げるようにその場を去っていった。 レジアスは残作業を予定していた時間まで進めて家に戻り、ヴェロッサから改めてスパイだと念を押された新妻と遅い夕飯を取った。 分かっていたことだったがいざ他人から指摘を受けたせいで、下手をすれば娘より年下だったのかもしれないとサーモンソテーを食べながら冷や汗をかく羽目になった。 前へ 目次へ 次へ
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リリカルマン・プロローグ リリカルマン・出会い編 リリカルマン・様々な戦い リリカルマン・最後の戦い
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「私の最近の研究は人造魔導師計画、戦闘機人計画だが…そもそもどうして私がこちらの研究に移ったか考えた事はあるかね」 スカリエッティはそうフェイトに尋ねた。 フェイトが答えないでいると、ククッと笑い声をあげてスカリエッティは言った。 「プレシア・テスタロッサが私の代わりにある程度のレベルまで進めることが出来るだろうと見込める人材だったからだ」 そう言ってスカリエッティはフェイトを生み出した魔導師のことを思い返した。 執念深く、丁寧に作業をこなす姿や希望していた死者蘇生の計画ではなく、 使い魔を超える人造生命の作成に携わることを命じた時の爆弾の隣で火遊びをするかのようなスリルが真っ先に思い出された。 「彼女は、実に優秀な研究者だったよ。予定していた段階まではいかなかったが、彼女のお陰で3日分くらいに短縮できたかな?」 「その為に、事故を仕込んだとでもいうつもり?」 「まぁその程度ではあったが…?」 口を挟んだフェイトに、スカリエッティは首を横に振った。 「いやいや違う。『彼女が体を壊すのも知ってて放置したし、君が生まれるのは分かっていたが止めなかった。ジュエルシードのことを教えてあげたりもした』と言うのさ」 「え……?」 思考を停止させたフェイトの表情が、赤い光りに照らされて実によく見えた。 「私は、失敗して君が生まれてくることや、どうやればアリシア・テスタロッサを生み出せるか知っていたよ。彼女は君が生まれるまで気付こうとしなかったがね」 「嘘…」 「お望みなら彼女の体からもう一度アリシア・テスタロッサを産み落とすやり方もあったし 死者蘇生のプロジェクトに参加させることも出来たんだが…既に結構限界だったからかなぁ? 君はどう思う?」 それにしたってあそこまでショックを受けたのは予想外だったよと肩を竦めるスカリエッティ。 対峙するフェイトの顔は赤い光りに照らされていて青ざめているのが見て取れる程だった。 「う、嘘をつくな!!」 それ以上聞きたくないと、否定の言葉を叫んだフェイトにスカリエッティは嬉しそうな顔を擦る。 古傷を少しずつ抉っていくように、実に楽しげに口を開く。 「そう、そんな感じだ。聞く耳を持たなくてね。君達親子はよく似ているよ。だがわかってるだろう? ゼストの身元を確認し、ヴィヴィオと暮らしてきたはずだ」 どこまで話したかなとスカリエッティは動力になっている巨大なクリスタルを見上げた。 「キャリアは終わり、娘のアリシアは死亡と…苦しんでいた彼女の鼻先に、管理局がぶら下げたニンジンもああいう感じだったかな」 「……そんな。だ、だって…」 「優先度の高い使い魔を超える人造生命の作成に推薦した時の彼女の顔は酷いものだったよ」 煌々と輝くクリスタルの光に染まったフェイトの表情を確かめながら、スカリエッティは光を背にして表情を隠した。 フェイトに見られるアリシアの面影を通して、プレシアの顔をより鮮明に思い出しているに違いなかった。 娘を生き返らせられるかもしれない研究に関わるために非合法な誘いに乗り、別の研究をするよう指示された時の表情を。 「死者蘇生の研究に関わりたいという彼女に、私は成果を挙げればあるいはと気休めを言った。すると彼女は! 体を壊す勢いで研究し始めたんだ」 笑顔で語るスカリエッティに、語る内容を否定することも受け止めることも出来なかったフェイトの頭は真っ白になっていた。 「子供じゃあないんだ。私も戦闘機人計画の構想を練るのが楽しかったし、何より潰れる前に最低限の成果はあがりそうだったんで放置したよ」 感情が押え切れず、フェイトはソニックムーブを使用したが……地上からゆりかごまで一瞬で移動してのけた見事な魔法は、同じ人間が使ったとは思えない酷い形で発動した。 それでもスカリエッティが反応することは出来ない位の速さは実現し、高速で移動するフェイトは赤い光の壁にぶつかって鈍い音を立てた。 衝撃で無様に転がったフェイトは、また壁に後頭部をぶつけて動きを止めた。 フェイトが話を聞く間に張り巡らされた結界が、彼女を捕らえていた。 スカリエッティの手には趣味の悪いグローブが嵌められていた。 そこから伸びた赤い光の糸が、フェイトを取り囲み檻を創りだす魔法陣の役割を果たしていた。 だからこそ余裕を保っているのか、スカリエッティの言葉は止まらない。 「その後、相談にも来ずに君を作りだしたのも予想外だったかなぁ…あんな簡単なことがわからないんだ。限界に近かったんだろうね」 鼻の骨を折ったのか血を垂らしながらフェイトは大剣を振るい、スカリエッティの創りだした結界を切り裂く。 フェイトはまだ切り札を残していたが、それを使用することは考えもしなかった。 ただ持っていた武器で襲いかかったのだが、大剣は障壁を傷つけることは出来なかった。 弾き飛ばされた大剣が結界内を転がった。 スカリエッティはフェイトの傍まで歩いてくるとしゃがみ込んだ。 フェイトは、睨みつけながら手探りでバルディッシュを掴んだ。 「しかもその後ドメスティックバイオレンスに走るほど馬鹿だとはね……心優しい母親だという報告だったのに。見かけによらないものだよねぇ。 私もドン引きさ。話を変えたくて話題にしたのがジュエルシードでね。乗ってきたから情報をリークしてあげたよ。 まさか本気でアルハザードを目指すなんて、キチ…ああ失礼、余りにも斜め上な反応だったから予想できなかったんだ」 大剣型…ザンバーフォームのバルディッシュがスカリエッティの声を遮るようにカートリッジを何度もリロードする。 連続で吐き出された薬莢が、障壁にぶつかって彼女の体に当たった。 だがそんなことは、この状態で魔法を使えばどうなるかや他にこの檻を破壊するのに適したフォームの存在があることは…どうでもよくなっていた。 高速で展開される儀式魔法によって発生した雷が、バルディッシュの刀身に蓄積していく。 「昔話はこれだけかな。研究中にストップをかけてあげるか、君を作ろうとしていた段階で力尽くでも止めてあげれば、まだプレシア生きてそうじゃないかい? (君にとっては)『失敗作が出来る』からって」 「雷光一閃ッ!!」 雷光を伴った強力な砲撃が檻の中を満たし、もっと広い空間へと溢れだそうと暴れ狂った。 スカリエッティが創りだした結界を破壊するには適していないのか、無害な光ばかりが室内を明るくした。 「だからさ、管理局はおろか犯罪組織にさえ所属していない君達だったが、素早く情報を手に入れられただろう。何かわからないことはあるかい?」 光はどんどん強くなっていく。 結界に微かな揺らぎを見つけたスカリエッティは、もう片方のグローブを嵌めた手を翳し、檻を二重にしてそれは収めた。 それでも結構な光量を持った巨大な電灯を見て、いたずら心が働いたのかスカリエッティは目を押さえた。 「ああそうだ。こうするんだっけ? あーコホンっ」 咳払いを一つして、スカリエッティは仰け反った。 「あ~がぁ~!! あ~あ~目がぁ~目がぁ~!! あ~あ~目がぁ~あ~あ~……ククク、ハハハハッなんてね」 『ドクター』 「あ、ウーノかい?」 『お約束通り私はそろそろ手を引かせてもらいますわ』 そう言ってウーノは光が収まっていく二重に作られた結界を見つけ、咎めるような目をした。 『流石の私も、悪趣味さではドクターには遠く及びませんわね』 「ええっ!? まだ結界の周りをぐるぐる回りながら『ねーねー今どんな気持ち、どんな気持ち?』さえやってないんだが」 『……その時は、貴方が創造主なんて恥ずかしくて言えなくなりますわ』 本気か冗談の延長か、長年付き添ってきたウーノにも判断の難しいスカリエッティに、ウーノはかなり本気で引いていた。 「コホン…で、どうかな聖王陛下は」 『順調です。エースオブエースに勝てれば、ですが』 そう言ってウーノは、今回最後の仕事となるかもしれない作業…玉座の間や、地上の様子を確認できる通信画面を開いた。 * その頃玉座の間では、ヴィヴィオがなのは達など気にも止めずに作業を続けていた。その場にいないとでも言うように、目を向けようともしない。 ミッド中に雷の雨を降らせながら、ヴィヴィオは通信画面に映るRXの黒い表皮の上を走る雷を見つめていた。 「ヴィヴィオ止めて! そんなことしちゃだめだよ! 一緒に帰ろう!!」 言われて、ヴィヴィオはなのはに視線を向けた。 無関係な子供と、その周囲を巻き込む雷を放ちながら。 次の雷を用意し、より精密にRXの表皮を焼き体内を狂わせる雷を放つために修正を行ないながら。 「邪魔をしないで。ドクターの仕事が終わるまでそこにいるだけでいいから」 「駄目だよ! ヴィヴィオがしてるのは悪いことだよ! 子供を狙って魔法を使うなんて…何か理由があるなら私に教えて!」 説得しようとするなのはに比べて、シグナムとヴィータには余りそのつもりはないようだった。 なのはは臨戦態勢を取る二人とヴィヴィオの間にレイジングハートを翳し押しとどめる。 「教えてくれれば、私達が助けてあげられるかもしれないし、もっといい方法だって、見つかるはずだよ!」 「静かにして!」 「なのは無駄だ! どうせアイツが洗脳してるに決まってる。先に止めちまわないと」 「そんなことない! ヴィヴィオは、スカリエッティに唆されてるだけなんだから。ちゃんとお話すれば、」 諦めようとしないなのはの肩をシグナムが掴んだ。 「高町。気持ちはわかるが、ヴィータの言うこともあながち間違いじゃないはずだ。ヴィヴィオの中にレリックの反応がある……」 そう言うと、それ以上なのはが説得を始める前にシグナムはヴィヴィオに突っ込んでいった。 「それに、いつまでもRXに我慢させ続けさせられるか」 「だな……っ!」 走りだすシグナムにヴィータが続いた。 「ああもう……レイジングハート!」 『Yes my master』 レイジングハートが、なのはの命令に従い魔法陣を、そして桜色の光を周囲に振りまく。 二人の動きをサポートする為になのはのアクセルシューターが、後を追いかけていった。 まだ迷いがあるのか、精彩を欠く光弾をヴィヴィオは無視した。 続くシグナムの鋭い連撃と、ヴィータの重い一撃も危なげ無く回避する。 顔色一つ変えずに回避しながら雷を放ち続けるヴィヴィオに、二人は徐々に本気になっていった。 床に落ちていく薬莢を、飛び散った火の粉が溶かす。 次の瞬間に繰り出されたフェイントを交えた4回の斬撃、ロケットのように後ろに火を噴射して加速したハンマーはヴィヴィオの急所を狙っていた。 だがそれでも掠りもしない。 途中まで呼びかけていたなのはも、それには驚き、制御下にある光弾を牽制から、より攻撃的な動きに変えていった。 なのはの気持ちの変化を、周囲を取り囲もうとする光弾の動きから感じ取ったのだろう。 ヴィヴィオはなのはを見た。 そして、左右から迫るシグナムとヴィータ、なのはの操る光弾を視界に納めて…ヴィヴィオは攻勢に転じた。 「その動きなら知ってるよ」 襲いかかる赤い塊。振り上げられたハンマーを見ようともせずに、ヴィヴィオは軽い足取りで自然にヴィータの懐へと入っていった。 丁度いい所にきたヴィータの顎が膝で打ち上げられる。彼女のグローブを嵌めた指がグラーフアイゼンを握る手を掴み、迸る虹色の光が圧力を掛けて握り潰した。 顎に加わった衝撃に加え、片手が潰れたヴィータの手からグラーフアイゼンを奪ったヴィヴィオは、ヴィータと連携を取り襲いかかろうとしていたシグナムへ踏み込んだ。 「ヴィータッ!!」 「吠えて、グラーフアイゼン」 ヴィヴィオの命令に従ってグラーフアイゼンからカートリッジが吐き出された。 虹色の光が放たれ、火を吹いたハンマーが、シグナムへと振り下ろされる。 弧を描き、途中軌道上にあったアクセルシューターを幾つか叩き落としたことさえ物ともしない一撃を叩き込む動きは、ヴィータのものと酷似していた。 予想外の動きに一手遅れたシグナムだったが、それでも辛うじて鞘を盾にすることが出来た。 鞘と、衝撃を受け止めるために足を付けた床がひび割れていく。 驚愕するシグナムへ叩き込まれたグラーフアイゼンは、更にカートリッジ・リロードを繰り返していた。 二度、三度と勢いを徐々に増すハンマーの勢いに片膝を付いたシグナムへ、ヴィヴィオは容赦なく砲撃を行おうとする。 ヴィヴィオが何をしようとしているか知ったなのはも、慌ててレイジングハートを構えた。 「「エクセリオン、バスター!!」」 ほぼ同時に照射された桃色の破壊光線は、ヴィヴィオの影を捉えることも出来ずに床を貫いていった。 当たる直前に、フェイトのソニックムーブを使ったのだとなのはは直ぐに理解した。 周囲を警戒するなのはがヴィヴィオを見つけると、その手にはレヴァンティンが握られていた。 カートリッジが吐き出され、レヴァンティンが幾つもの節に分かれた蛇腹剣へと形態を変える。 魔法のデータを収集して、自らのものとするとは聞いていたが、それどころか他人のデバイスまで使用できるらしい。 「王が騎士の物を使えるのは当然でしょ。ミッドチルダではどうか知らないけど」 なのはの考えを否定するようにヴィヴィオが言う。 虹色に燃える刃が生き物のようにうねりだす。 床を削りながら浮かび上がった刃がなのはのアクセルシューターを叩き落としながら、なのはへと迫る。 「ベルカには、騎士に劣る王なんていない」 レヴァンティンの刃は本来の主であるシグナムが振るう時と変わらない軌道と速度でなのはに迫って行った。 回避しきれなかったそれをプロテクションEXで時折弾き返しながら、なのはは空中に逃れていった。 自分達が侵入した穴から断続的に入る音と光は今も絶えずなのはの眼と耳に届いている。 同じ魔導師として信じがたいが、ヴィヴィオはシグナム達の攻撃を受けている間も、今もずっと、RXに雷を落とし続けるだけの余裕があるのだ。 そう考える間にも、見覚えのあるバインドが起き上がろうとする二人を拘束していく…魔法が発動する瞬間にだけヴィヴィオの表情に一瞬、変化があった。 なのははそこに活路を見た気がした。 * 「なんだ。聖王陛下は思ったよりも強いじゃないか」 攻防を眺めていたスカリエッティはそう感想を言って、ヴィヴィオから視線を外した。 ヴィヴィオは、起き上がろうとするシグナム達を再び破壊光線でなぎ払い、なのはのアクセルシューターもレヴァンティンの刃でたたき落としていた。 「あ、そろそろ落ち着いたかい? 落ち着いたなら最初の提案なんだが、フェイト・T・ハラオウン執務官。 私の要望が受け入れられるまで人間の盾になってくれたら私の命を差し上げてもいい」 結界の中に横たわるフェイトにスカリエッティは言う。 「君達とは今後とも仲良くしていくことになるからね」 フェイトが耳を疑っていると、スカリエッティはそれに気づいて勝手に補足を始めた。 「ええっとね…先程言ったアリシアを生み出す技術を使って用意した私のコピーがあってね。 こちらの私はあれば嬉しいがなくても困らない、言わば用済みなのさ。だから遠慮はいらないんだ。それで手打ちにして仲良くしないかい?」 フェイトは、口の中に溜まった血を吐き捨てて体を起こそうとする。 「…誰が、貴様なんかと……!!」 「でも君達は管理局や教会から手を切れないだろう」 意味がわからなかったが、フェイトは睨み続けた。 「どうせ、仲良くするのはうまく行けばの話さ。だがうまく行ったら私は管理局に所属し聖王と君達を利用してRXと組む予定だ。妹を見捨てられるなら違う方法を使う」 スカリエッティの言ううまく行った時ヴィヴィオは聖王教会に行ってしまい、そんなヴィヴィオを一人残してフェイトやリンディ、クロノは関わらないようにすることなど出来ない。 管理局と教会は、スカリエッティを無碍に扱うことはできなくなっているだろう。 だから我慢してスカリエッティに協力しろということらしい。 かわりにスカリエッティは今の自分の命や今後のフェイト達にやろうとしていることに手心を加えると。 だがフェイトはそれを一笑に付した。そうは思わなかった。 スカリエッティの目的はRXなのだろうが、RXなら、そんな状態になれば自分達でも切り捨てることもありうると、思ったのだ。 「だからお互い妥協しようじゃあないかと言ってるんだよ。とても簡単に説明したと思うんだが、もう少し詳しく言わないとわからないかい?」 だが同時に、スカリエッティの言う要請が、言葉通りのものとも思えなかった。 それだけでは済みそうにない。言葉の裏にある不気味なものをフェイトは感じ取っていた。 「私の考えだと、逮捕された私は非常に協力的になって君達が知らない私が関与した犯罪も洗いざらい話す。 自由を手に入れて、君達に要請できる立場になるま10年かからない。もう一人の僕ならもっと早いな」 「………そんなことは、させない! お前を、外になんて出すものか!!」 想像を膨らませ、情熱的に言うスカリエッティ。 得体のしれない彼に嫌悪を感じたフェイトは四肢に力を入れて立ち上がった。 戦っているなのはとヴィヴィオの姿を映す画面が、フェイトにも見えた。 スカリエッティを封じ込めなければ、家族に類が及ぶ。 仲間も、RXも巻き込んでいく。 「例えば君等が一度見逃したギル・グレアムの名前が挙がっても私と一緒に裁判にかけるかい? 協力的な私はちゃんと彼の余罪も吐くが」 ギル・グレアム…昔、今もはやて達に白い目を向ける者がいる原因となっている事件に関係したクロノ達の友人の名前だ。 この場で言うからには、何か用意があるのだろう。 「君達は何件見逃すのかな」 各人の弱みにつけ込み、負い目を増殖させていく… そんなことは絶対に、させられない。 暴走しそうになる感情を、画面に映る家族の姿を見て抑えつけたフェイトは落ちていたバルディッシュを掴んだ。 感情をほんの少しの時間抑えこみさえすれば、スカリエッティの排除は簡単だ。 主人を止めようともしなかったバルディッシュにモードチェンジを命じれば… 機械的な音声で返答が帰り、バルディッシュは二つに分れた。大剣から、光の紐で繋がった双剣に姿を変え、金色の刃が伸びる。 刃が伸びていく途中でスカリエッティの結界は容易く貫かれ、 マントを捨て、バリアジャケットも制服に近い形から、体にフィットしたボディスーツへと変えたフェイトが腕を横に振るった。 金色の軌跡を残しながらバルディッシュの刃は結界を切り裂いていった。 ガラスが割れたような音を立てて、切り裂かれた結界が砕け散っていく。 空気に溶けて消えていく結界を構成していたエネルギーが、巨大な結晶の光りに照らされてキラキラと光りを放っていた。 「貴方が、何をしてもあの人の邪魔は、させません…私達が、私が貴方の好きにはさせない!」 もう二人を遮るものはなかった。 今度こそ、フェイトはスカリエッティが何をしようとしても排除できる。 今バルディッシュを横に振れば、スカリエッティの殺害も出来る。 だが、それにはフェイトが更に非殺傷設定を解除しなければならない。 スカリエッティは余裕の態度を崩さずに自分の胸に手を当てた。 「では逮捕したまえ。後はナンバーズと聖王陛下をどうにかすれば、今回の事件は解決さ。数年後同じ局員として一緒に仕事が出来るのを楽しみにしてるよ」 「絶対に阻止してみせるから」 「?……新しく生まれる予定の僕も、犯罪者じゃなく君達の後輩として、管理局に入局する」 フェイトは憎しみを抑えつけながら、スカリエッティにバインドを施していく。 今聖王の間で、シグナム達を拘束している魔法と全く同じものだ。 スカリエッティは肩を竦めるだけで、抵抗はしなかった。 代わりに頭の中で結果を考え、大体の目的は達成できたようだと考えていた。 巨額の予算を手に入れ思う様研究したいという欲望を満たせないのは残念すぎるが、ナンバーズの優秀さはそこそこ見せられただろう。 それにスカリエッティでさえ手にかけることができない彼女等では新しいスカリエッティを排除することは出来ないことはわかった。 自分とはいえない、ある意味子供のような存在は、容易く彼女等を取り巻く人物と交友関係を作りどんな手を使ってでもRXへと近づいていくだろう。 「まずは君が引き取った孤児のデータから調べることをおすすめするが…」 もっともこれで聖王がなのはとRXに勝ち、全世界にナンバーズを配備することになっても別段スカリエッティは構わないのだが。 「見つけられたとしたって(厳密には違うが)僕のコピーだから、なんて理由では排除できないんだぜ?」 フェイトは非殺傷設定のバルディッシュでスカリエッティの体を打ち上げた。 さながら野球のホームランボールのように、打ち上がった体は背後で輝き続ける水晶へと叩きつけられた。 * ヴィヴィオに捕まり、捕らえられるのが先か。 私の全力が、ヴィヴィオの処理力(ショリヂカラ)を越え、ミスをするのが先か… 「レイジングハート。ブラスターモード!」 叫ぶ間に迫ったレヴァンティンの刃を横合いからの射撃で逸らす。 新機能「ブラスターシステム」は、私とレイジングハートの「最後の切り札」。 私自身の外見的な変化はあまり無いけど…使用者、デバイス、双方の限界を超えた強化がこのモードの主体。 私の周りには、四基のビットが浮かんでいた。 もしかしたらまた飛べなくなるほどのダメージを負う可能性もあるけど、躊躇する気持ちは欠片もない。 私の考えが読めたのか、ヴィヴィオの仕草に恐怖が微かに見えた。 微かな怯えでも私には手に取るように理解できた。 教導隊の先達達の何人かと同じ反応だったから。 出会った頃のレイジングハートだったら止められてたと思う。 でも、長年連れ添った今のレイジングハートは、逆に頑張って死なないギリギリを見極めようと動いてくれていた。 そんなレイジングハートを信頼し、私は何回全開射撃を行うか考えながら、杖を構えた。 視界の隅っこで、必死に拘束を逃れ、反撃を行なおうとしている二人が止めろと叫んでいた… 「大丈夫! だって…」 心配性の友人ばかりなので明かせなかったが…入隊直後から、自分の身を省みずに勝つだけなら、教導隊の誰にも教わる必要はなかった。 「ヴィヴィオ、ちょっとだけ、痛いの我慢できる?」 ヴィヴィオがこれを既に知っていて、コピーしているならそれはそれでいい。 魔力タンクを抱えていても、既に超高度な魔法を連続して行っている状態から更に、私の最も強力で制御の難しい魔法を使うことになる。 一つでもミスすればRXが乗り込んできて二対一になる分私が有利だと思った。 ヴィヴィオが今頃になってレヴァンティンを投げ捨てた。 けれど、もう私の周囲に浮かぶビットが桜色の光で玉座の間に埋めていく。 「まずは追い込むよ。その後は、『防御を抜いて、魔力ダメージでノックダウンですね。マスター』そう、いけるね! レイジングハート!」 『Yes my master』 「エクセリオンバスター」 四基のビットから放たれる破壊光線をヴィヴィオが難なく避けた。 床や壁が撃ちぬかれ、破片が飛散る中でも、私はその姿をはっきりと捕らえていた。 だけど逃れる選択肢は、屋外に比べてとても少ない。 その分こんな近距離で戦うのは私に取ってとても不利に働くけど…… 小学生の頃から砲撃魔道師だった私にとっては、誘導することはとても容易い。 私の魔法は一時的に玉座の間を二つに分けた。 エクセリオンバスターの光に隠して放っておいたアクセルシューターがヴィヴィオを追いかける。 追いかける光球の数は4つ。ヴィヴィオが逃げると思った幾つかの範囲へ分けて放っていたから、まだ4つだけ。 それ位じゃ難なくかわしてしまうヴィヴィオの方へ、ビットの位置を変えて私は間髪入れずに二発目を撃つ。 でも良かった。RXみたいなことをされたら焦ってたかもしれない。 「エクセリオンバスター!」 再び、今度は少し範囲を広げてある。 四基のビット、そして少し時間をずらして私の持つレイジングハートからも桜色の光線が放たれた。 シグナムとヴィータなら避けられるはずだし、二人のことは考えないようにする。 悲鳴が聞こえたような気がしたけど… 射撃と爆発、リロード、それに私自身の声でかき消されたはず! うん、聞こえてないから! やっぱりヴィヴィオはフェイトちゃんと同じか、それ以上に早い。 不慮の事故でちょっと気が散ってしまった間にもヴィヴィオは一度目より狭まった空間の中を上手に逃げてる。 さっきの倍になったアクセルシューターの光球がヴィヴィオを追い込んでいく。 時々フェイトちゃんとそっくりな動きをしてるから、そこを狙い撃つの。 そう思ってたんだけど、運良く光球の一つが、ヴィヴィオの足を掠った。 悪いけど、狙い撃つの! 「エクセリオン、バスター!!」 ゆりかごが破壊されるのを嫌ったのかな? まだ逃げられたはずだけど、アクセルシューターの一つに引っかかっちゃったヴィヴィオはエクセリオンバスターの一つに当りながら遮二無二向かってきた。 でもそのせいで、さっきよりずっと当てやすい。 今回はまだ私のレイジングハートからは、撃っていない… 光線に晒されながら向かってくるヴィヴィオに、私は素早くレイジングハートを向けて、エクセリオンバスターを撃った。 それでもまだ、全然足りなくて二つの桜色の光が交わる場所から、ヴィヴィオが抜けだそうとする。 だから光の中から出ようともがくヴィヴィオの手や足を、32個の光球で頑張って押し戻さないとダメだった。 するとまた虹色の光がヴィヴィオの体から溢れて、アクセルシューターを吹き飛ばしていった。 凄い能力だと思う、でも、足が止まっちゃってる。 私は気にせずビットのエクセリオンバスターを集めていった。 思っていたより少ない手数で、私の射撃魔法はヴィヴィオを捕らえる事が出来たみたい。 後は、底が見えるまで打ち続けるだけだった。 エクセリオンバスターとは別に…レイジングハートのカウントはもう始まっていた。 もうゆりかごの外と内で使用された高度な魔法の残滓が集められていた。 体が軋んで、杖を持つ腕から痛みが走り出した…けど、まだヴィヴィオの防御を抜いてさえいない! 「今日二度目の、全力全開!! スターライトブレイカー!!」 玉座の間から溢れた光が侵入した穴や、これまでの魔法で破壊された場所から外を照らしていく。 バリアジャケットが自動的に、光と音から眼と耳を守ってくれる。 そしてレイジングハートは、スターライトブレイカーに晒されながらヴィヴィオがゆっくりと近づいてくることを教えてくれる。 対抗するために、私の意思を汲み取ってレイジングハートが勝手にリロードを開始した。 前へ 目次へ 次へ
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なのは達が戦っている頃、ゆりかごの外では相も変わらず巨大な二匹の怪獣が窮屈そうに街中で身じろぎをしていた。 ちょっと肘があたったビルが崩れて瓦礫が落ち、無数にいるガジェット・ドローンが潰されたのか爆発が起こる。 召喚士達に何か言われたのか肩を落とす怪獣の片方―黒い怪獣の皮膚の上をセッテを乗せたバイクが駆け上る。 ガジェット・ドローンがセッテの尻を追いかけていく。 誘蛾灯に蛾が群がるように。 姿を隠しているⅣ型を探し、周囲へ最低限のブーメランブレードを浮遊させながら、セッテは砲撃を繰り返した。 バイクにAIがなければ困難な作業だろうが、スカリエッティ手製のバイクはなのは達のデバイスと同じく、セッテのサポートを行うに足る知性を有していた。 器具で体を固定したセッテは、背後を向き近づいてくる敵を撃ち続けた。 嫌な予感に従って、不自然に空いた空間をブーメランブレードで斬りつけたが、それでも収まらない警鐘に従いセッテはバイクの上に体を寝かせる。 空気が裂かれ、何かが胴のあった場所を通り過ぎたのをセッテは肌で感じた。 勘で拳を叩き込み、そのⅣ型を破壊する。 召喚士の命令か、怪獣たちがセッテを守るように回りこもうとするガジェットへ向けて腕を振り回し始めた。 だが同時に、ゆりかごからトーレとディードが落ちてくるとバイクがセッテに囁いた。 『逃げ回ってていいのーっ? 二人が来たら、あなたに勝ち目はなくなっちゃうわよ!?』 何処かから、クアットロの喧しい声が聞こえる。 焦りを押さえ、セッテは引き続きバイクで怪獣の体を登っていった。 主人の意思に従い、バイクは加速していく。 黒い怪獣の皮膚の上にタイヤの跡を残しながら、背筋を撫でる様に滑っていく。 包囲し、襲い掛かるガジェットを破壊しながらバイクは走り続けた。 セッテは姿が確認できなくなったクアットロの姿を探しながら、四方へ射撃とブーメランブレードによる斬撃を放ち続けるしかない。 攻防は続き直ぐにも肩甲骨の間辺りへ差し掛かる…ガジェットは変わらずセッテを包囲しようと追いかけ、セッテはバイクで逃れながら打ち落としていく。 (相変わらずISのせいでクアットロの姿は見えない……それに、Ⅳ型も) だがこのままでは、いつかステルス機能を持ったⅣ型に今バイクの熱が伝わってくる辺り(背中)からグサリとやられてしまうような予感がした。 何か別の手を打たなければならないような気がする。 (困った。今はまだ……手を止められそうにない) バイクが首の付根へと至り、突如怪獣が体を震わせてセッテ達を振るい落としにかかる。 今まで我慢していたのか、周囲のビルも巻き込んで巨大な腕が振り回された。 堪らずセッテのバイクも空中へ投げ出され、飛行魔法で腕が通り過ぎた場所を抜けていく。 空中に浮かぶ多数のガジェットから放たれる射撃を物ともせずにセッテは地面へ着地した。 今度は道路へ場所を変えて、セッテは移動を続けた。嫌な感じはまだ続いている。 多数のⅣ型が道路の先に姿を現した。 刃で構成されたような体が光を反射させキラキラと光っていた。 バイクを捨てることもセッテの頭に浮びあがった…クアットロは得意げな顔をしているだろう。 高笑いが実際にセッテの耳に聞こえるように発せられたかもしれなかった。 セッテは近づいてくるⅣ型への対処で、意識を割く余裕は無かった。 だが、そんな二人の空気と待ち構えたⅣ型が粉々になって宙を飛んだ。 弾き飛ばしたのは、運悪く真正面にいた一体を顎で挟み、砕いた一台の車だった。 ライドロンもどき…敢えてまた述べるまでも無い理由によって所々傷んだその車は、セッテのバイクに追いつき、路面との摩擦で煙を上げながら彼女の周囲を縦横無尽に走り続けた。 通り道にいたガジェットは残らず弾き飛ばされるかひき潰されて爆発する。 それでも止まらず、周囲を十分に走ったライドロンもどきは、今度は後退しながらセッテのバイクと並走を始めた。 ライドロンもどきのドアが開く。あっけに取られたセッテだったが、誰が乗っているかはわかっていた。 心あれば触れないであげて欲しい理由から稀有なドライビングテクニックを身に着けていたザフィーラがハンドルを握っていた。 「ザフィーラ…さん?」 「主の命で援護に来た」 人型を取ったザフィーラはそう言うとライドロンもどきの上に飛び乗り、拳を握り締めた。 「シャマルと通信をつないでくれ。クアットロの居場所を調べさせている」 「わかりました」 「それと、コイツも使ってやってくれ。バイクと同じようにコントロールできるな?」 「出来ますが、ザフィーラさんが困るのでは…」 ザフィーラが潰した以上の数を補充して数で押しつぶそうとするクアットロの兵器群の動きを警戒しながら、セッテは戸惑っったような声を出す。 「この状況なら大丈夫だ。俊敏さに賭けるなら、俺は…」 セッテはザフィーラの声を最後まで聞くことは出来なかった。 運転が自分以外の手に渡ったのを感じ、座席を飛び出したザフィーラの姿は、ライドロンもどきの装甲を蹴って、当にガジェットの群れの中に消えていた。 足場にされ、蹴り潰されたガジェットが群れから落ちていった。 「私も負けていられませんね」 そう呟いたセッテにバイクとライドロンもどきがライトを点滅させて応える。 二機を180度回転させ、無理やり急停止させた。 追いかけてくるガジェットは多かったが、ザフィーラに負けているわけにはいかない。 未だ遠く雷鳴が鳴り響いていることを思い出してセッテは闘志を燃やした。 突き破り、隠れるクアットロを炙り出さねばならなかった。 そう決意してバイクを、今受け取ったライドロンもどきを走り出させる。 周囲を飛ばしていたブーメランブレードの内二本を握り締めたセッテの脇を射撃魔法が通り抜けた。 辛うじてセッテより早くガジェットに到達したそれの威力は弱く、ガジェットのAMFを波立たせて消えた。 後からセッテのブーメランブレードがAMFを無視して容易くガジェットを切り捨てて爆発四散させる。 同じような弱弱しい射撃が迫ろうとしていたガジェットのAMFに触れた。 気付いたセッテはその一体を無視して先へ行く。 横を通り抜けようとするセッテに、ガジェットは触手のようなケーブルを伸ばそうとした。 貧弱な横槍が加えられ、ケーブルはセッテから僅かに逸れる。 更に二つ、三つとガジェットを射撃魔法が襲った。 それらはAMFを貫く為に別の魔法で包まれており、光弾がガジェットのセンサーを貫いて行動不能へと陥らせていった。 予想外な方向からガジェットが地面に落ちる音を聞いて、セッテが振り向くと遮蔽物の陰から陸士達のデバイスや髪が見えた。 普段犯人へ突入する際に援護を行っていた者達だとあっさり気付いた。 標準装備のデバイスの端っこやよくある色の髪の一房だが、見間違えようがなかった。 ガジェットを仕留めた事だけは二度見してしまったが、六課の隊長にでも訓練を受けたのだろう。 振り向いた間に迫ったガジェットに撃ち込まれる魔法が、セッテのボディスーツやバイクの装甲を照らすのを見てセッテはそう信じた。 彼らが危険を犯してくるほど頼りないだろうかという気には不思議とならなかった。 彼らが持ちこたえられないような数のガジェットが向かわないようにセッテはよりリスクの高い動きを強いられる。 だが怪獣の背を走っていたほんの少し前より面白くなっていた。 彼らと、一人この空間に馴染み過ぎて自由過ぎる感はあるザフィーラ。 そしてセッテの三者へ向かうガジェットの動きからクアットロの居場所を探ることだってセッテには出来る。 「シャマルさん。早く見つけてくださらないと、我々でここは終わらせてしまいます」 『やってます! 陸士の人達には逃げるように言ってください!! Ⅳ型が来たら…』 「大丈夫でしょう。あの場所は、本部の防御をうまく使うつもりですね」 いつの間にか近づいてきたそのⅣ型の刃をギリギリで砕きながら、セッテはバイクを走らせ…辛うじてブーメランブレードを自分の眼前で交差させた。 バイクの上から落ちないよう、体に力をこめ遅れてきた衝撃波がセッテの周囲に散らばっていたⅣ型の破片を吹き飛ばしていった。 ソニックフォームのフェイト並に速い一撃を防げたのは運が良かった。 以前より早くなっていたが、何度も耐えた経験のお陰だとセッテは感謝した。 状況が変わりつつあることをクアットロが告げたのだろう…肩越しに振り向いたセッテの目に、姉の姿が映った。 恐らく姉妹の中で最も早く、強いトーレ。 また姿が消え、セッテは冷静にそれを防いだ。 トーレがいるということは妹のディードもいるだろうとセッテは考え、姿を探した。 またトーレの姿が消えた。 ISで加速したトーレの腕についた刃を切り払う。瞬時に距離を詰め、通り過ぎたトーレが戻ってくる。 『セッテ!?』 「シャマルさん…! 他に妹が居ませんか!?」 『すぐに探してみる… シャマルの声はトーレとセッテの獲物が衝突した音にまぎれて消えた。 Ⅱ型の光線がセッテの太ももに当る Ⅱ型程度なら余り支障はないが、Ⅲ型・Ⅳ型やそれに気を取られ姉妹たちの攻撃を受けると危険だ。 セッテの顔に冷や汗が流れた。妹を探す暇も、ガジェット・ドローンに対処する隙がなかった。 ガジェット・ドローンの群れの中を抜けて囲みを抜けようとするセッテを狙うことは困難な作業のはずだが、トーレに取っては容易いことなのか? 切り返しの速さに舌を巻くセッテを何処からか砲撃が襲った。 セッテはディードの仕業だとすぐにわかったが、着弾で起こされた爆風の中気にすべきなのは、この爆風をかき乱して現れるトーレと姿の見えないⅣ型だった。 最大限に集中し、不意打ちに備えようとするセッテをトーレは空中で見下ろしていた。 手足の羽根が光を強め、彼女の体を加速させる。 トーレは妹の急所目掛けて、空を駆けた。 だがその一撃は、突然壁から生えた岩に衝突して未遂に終わった。 体勢を立て直そうとするトーレをザフィーラの蹴りが襲う。 両腕で防いだトーレに、ガジェットを蹴って加速したザフィーラが再び襲い掛かる。 再びISを使用するより早く、拳が叩き込まれ空中に浮かぶ魔方陣から伸びた石の槍に体を叩き込まれる。 痛みを堪えるトーレより先に石の方が砕けた。 ザフィーラは全く気にせず逃げ道を塞ぐように彼女の四肢を砕いていく。 人の姿に形を変えたザフィーラと比べると、彼女の手足は柔らかく、鍛えあげられ、人工物が入っているとはいえ、脆いように感じた。 加速しようとするトーレのボディを打ち、ビルへと埋めながら、ザフィーラはトーレを助ける為にディードが近づいてくるのを感じ取っていた。 そちらに注意を向けたのを察して、トーレが近づきすぎたザフィーラの横っ面に光刃のついた腕を叩き込もうとする。 ザフィーラはまるで来るのがわかっていたようにそれをかわし、ガードの空いた肋骨を砕いた。 この状況から逃れる方法としては、無意識に対処が出来るほど古典的すぎた。 拳を叩き込んだザフィーラの背後にディードが迫る。 「ライドロンッ」 ザフィーラは叫んでいた。 呼ばれたライドロンが、ビルに傷跡を残しながらザフィーラを跳ね、ついでにトーレを顎に咥えて引きずっていく。 空振りしたディードのツインブレードが赤い装甲に傷をつけていたが、跳ね飛ばされてたった今砕いた骨と同じ骨を砕かれたザフィーラはそんなことまで気にしていられるような状態ではなかった。 若干引きながらも、セッテが動きを止めなかったのは今までライドロンもどきがどういった使われ方をしていたか知っていたからだろう。 『セッテ!! クアットロを見つけたわ!!』 こちらも、まるで気にした様子の無いシャマルの声でセッテは虚空を睨んだ。 ブーメランブレードが指示された空間へ向けて飛ぶ。 シャマルの言う場所は少しずつ範囲を狭めていく。 弧を描きながら襲い来るブーメランブレードに追い込まれ、逃げるクアットロの影が、セッテの目には見えだした。 両手に構えたブーメランブレードで行く手を遮るガジェットを切り裂きながら、セッテはそこへ向かった。 ディードがライドロンもどきを追いかけて行くのが見えた。 十分に距離を狭めて、セッテは構えていたブーメランブレードをクアットロへ向け投げつけた。 だがそれはクアットロが姿を現し、撃ち落される。 バイクによって加速されたセッテは、撃ち落されたブーメランブレードの後に続きクアットロへ迫っていた。 クアットロが魔法を放つ。 構わず突っ込んだセッテは体を捻った。 回転し、繰り出された足がクアットロの胴を真っ二つにする。 「あ」 瞬間的にやり過ぎたなと思ったが、足を振りぬいて着地を決めるとセッテは気にしないことにした。 * 一方で本部付近に残った六課の人間達を狙い、残りのナンバーズ数名が彼女等の前に姿を見せていた。 怪獣達に命令を下し、あるいはお願いする召喚士二人を狙ってのことなのか。 隊長であるはやてか…本部に集まった重要人物の誰かか。 それは不明だったが、はやて達は迎撃に移っていく。 ナンバーズの先頭に立つのは少女の姿をしたチンクだった。 ライディングボード…妹のウェンディがいつも使っている盾でもあり、砲撃装置でもあり、移動手段でもある汎用性の高い大型プレートに彼女は乗っている。 それまでは半ば専用だったが、製作にはガジェットと同系統の技術を使用しており誰でも使うことが出来た。 悪いがウェンディは居残り遠距離攻撃用のイノーメスカノンを扱うディエチが途中で別れ、オットーがその後を付いていく。 赤髪の少女が脚につけたローラーブレードを使ってチンクの後を付いてくる。 「ノーヴェ、適当なところで投降しろ」 「ええ!? やっと出番が来たのに、それはないだろ!?」 「守護騎士二人に六課の隊長だけでも私達より戦力は大きいんだ。文句を言うなら姉がお前達を陸に引き渡すぞ」 チンクがため息を付いていると、そのタイプゼロ二人…ギンガとスバルが行く手に立ち塞がった。 「全く、今投降すればお前達は簡単な更正プログラムだけで終わらせられるのに…」 「わかったよ!! でもコイツら位は倒させてもらうよ。一度も戦わないで投降するなんて、タイプゼロ達にナメられるだけじゃないか!!」 対抗心を剥き出しにするノーヴェに、どこかで教育を間違ったのではないかと、教育を担当したチンクは若干気が滅入った。 立ちふさがる二人の目は完全にチンク一人に注がれており、殺気立っている。 更には虫型の亜人…ガリューの羽音が聞こえてきた。 空から襲いかかってくるのだろう。 彼女等の母親とゼスト・グランガイツの部隊を全滅させた時、ガジェットを率いていたのがチンクだと誰かから聞いたのだ。 そうチンクが察する間に、まずガリューが空から飛来した。 チンクは素早くライディングボードから飛び降りて射撃への盾とした。 衝撃はほぼ無い。チンクは慌てて盾を放棄してその場から逃げていた。 既にしなやかに宙を舞うガリューはライディングボードに手を引っ掛け、後ろへと回りこもうとしていた。 残されていたガジェットドローンⅣ型のステルスを解かせて、ガリューに組み付かせる。 不意を撃たれたはずのガリューは、そのⅣ型の頭部を蹴って追いすがろうとするが、隠れていたⅣ型が二機、三機とガリューに襲いかかった。 それさえガリューは巧みにかわしてしまう。 だが、突然ガリュー周辺の空間が爆発を起こした。 同じ空間にいたⅣ型の残骸と共にガリューは路面へ投げ出される。 そこへ集中的にドローンが攻撃を加えて、戦闘不能へと追い込んでいった。 早速虎の子のⅣ型を数機使い捨ててしまったチンクは、ため息を付く間も与えられずに殺気立つタイプゼロ二名…スバルとギンガに襲われる。 遠くへ配置したディエチの射撃が、意識しない角度から襲い掛かろうとしていた射撃魔法を打ち落とし、舌打ちするティアナへ射撃を加える。 冷や冷やしながら、チンクはコートの中に収めていたナイフを抜き、投げつけた。 チンクの能力はエネルギーを込めて物質を爆破すること。 当然ナイフも爆発したが、二人はそんなことでは止まらなかった。 左右の乱打。空中に作り出した道を通り、上空からもラッシュが見舞われる。 伸ばした髪を歯車のような輪っかがついた拳が突き抜けていく。チンクは髪に手をやって痛まないか心配していた。 もう一人、赤毛の少年エリオが回り込もうとしていたが、それは無視されたノーヴェに任せチンクは目の前の二人に集中した。 足払いを踊るように、ステップを刻みながらかわす。追いかけて来たギンガの突きがコートに絡まって小柄なチンクを後ろへ引きずろうとした。 だがそれを何度繰り返されても、ティアナの精密な射撃による援護を受け、キャロのブーストで一時的に二人の速度が増しても…チンクの体には当たらなかった。 追いかけるスバルが通る路面が、空中に作った道の傍で壁に刺さっていたナイフが爆発して二人の足を鈍らせる。 そして、スバルはまた拳をかわされ、ふとドローンや街のと違う残り香に気付いた瞬間……目の前が弾けた。 動きが止まり、チンクからも離れるとすぐに超長距離から行われるディエチの援護狙撃がスバルを遠くへ弾き飛ばし、更にガジェットの群れが集中砲火を行った。 流石に警戒してギンガが、エリオとスバルを回収して下がっていく。 「この様子だと、余り積極的に攻めずに済みそうだな」 「チンク姉って、そんな強かったのか?」 「姉を舐めるなと言いたいが、ガジェットやノーヴェが適度に邪魔をしてくれるお陰だよ」 感心する妹にちょっと得意げになりながらチンクは答える。 「Sランク魔導師+αでもこの布陣ならやれるぞ?」 「てかナイフ…」 「それはジョ○ョ読んで練習した」 「何それ…」 説明されてもまだもの言いたげな顔をするノーヴェに困り顔で応じたチンクは、適度に攻め込み投降する機会を待つことにした。 ガジェット・ドローンが無数にいるこの状況ならかなりいいところまでやる自信はあったが、追い詰めて形振り構わず大規模魔法を使われても困る。 「何年も前にあの二人より数段上の陸士を捌いた姉だ。お前にもフィードバックされてるんだからこれくらいは出来るさ」 そうチンクとノーヴェが軽口を叩いていたその時、桜色の光が『聖王のゆりかご』から漏れた。 同時に彼女等の体はある者は壁にめり込み、地面を滑り、宙から落下した。 彼女等の認識が追いつかないほどの一時、街に風が吹いた。 * 全てのガジェット・ドローンがいつの間にか空中に押し上げられ爆発した。 Ⅰ型・Ⅱ型・巨大なⅢ型・透明になり空間に溶け込んでいたⅣ型まで全ての機動兵器が、一体残らず空に消えて行く。 地上から空へ向かう雨粒のようなものを見て取った怪獣達がゆりかごを見上げた。 ガジェット・ドローンを連れ去った風の余波が、街にいた者達を皆巻き込んで横たわらせていた。 雲は遠くへ流れたり、爆発に巻き込まれ四散した。 ゆりかごまでが揺れる。 その内部、傾いたゆりかごの床になのはが落ちていく。 また体を壊してしまうかもしれないほどの無理をした彼女の体は、空中に浮かび続けることも出来ずに落下していった。 聖王ヴィヴィオは、ボディスーツの所々から煙が上がっていたものの、五体満足で突如傾いた床に立っていた。 「…ミッドチルダ式の魔導師一人にやられるなんて」 虹色の光に包まれ表情は誰の目にも触れることはなかった……悔しげな声音でヴィヴィオは腕をなのはに向ける。 だが床に叩きつけられようとしているなのはを攻撃する暇は与えられなかった。 「そこまでだ」 何処からか声が響いた。ヴィヴィオの腕に宝石や、空を彩る星々のように輝くゲルがまとわりつき、男性の手が生まれていく。 「やっぱり」 桜色の光線がヴィヴィオを押し潰そうとした時に、一瞬だけ彼女の魔法が途切れてしまったことを聖王ヴィヴィオはわかっていた。 一介のミッドチルダ式の魔導師一人に手痛いダメージを負うかRXをほんの一瞬自由にするか…どちらにするか生まれたばかりの聖王は判断を下せなかったせいだった。 掴まれた手を見つめて、ヴィヴィオが諦めの混じった声で言った。強引に手が引かれて、聖王ヴィヴィオは一瞬痛みに顔をしかめさせながら背後を振り向かされる。 反射的になのはの全力全開を防ぎきった虹色の光…聖王のみが扱う防御能力である『聖王の鎧』を全身から放った。 傾いていた聖王のゆりかごがゆっくりと水平に戻っていく。何事もなかったように、強く手は引かれていた。 なのはの桜色破壊光線でえぐり取られた床に、虚空に生まれた足が下ろされた。 何処かから集まってきた眼に見えないほどの粒が集まっていく。 徐々に、凄まじい速さで全身が形成される。 「RX…もうすぐ私の存在を教会が認める」 「ヴィヴィオを犠牲にし、家族を引き裂いて復活を果たすなどこのRXが許さんッ!!」 バイオライダーが叫ぶと、感情も露に聖王ヴィヴィオが叫ぼうとする。 「私のことは…!」 私もヴィヴィオだと訴えかけながら、聖王ヴィヴィオは全力で抗う。 虹色の光、『聖王の鎧』が攻撃のために集められ、今なのはから盗みとった魔法さえも展開される。 だがそれらを、間違いなく今聖王ヴィヴィオに出来る全力で抗おうととった行動すべて、まるで無いもののように無視して、同時に光りだしたバイオライダーの体を橙と黒、太陽の色をした鎧が覆い尽くす。 間近で見上げたその仮面は頼もしさなど微塵も感じられない。冷たく硬い恐怖を与えるものだった。 魔法が全力を注いで仮面を砕こうとしたが、クリーニング程度の効果しか得ることは出来なかった。 突き出された甲冑の拳が魔法を打ち砕き、『聖王の鎧』を打ち払って聖王ヴィヴィオの体へ突き刺さった。 スカリエッティの手によって聖王ヴィヴィオの体内に埋め込まれたレリックが砕け散り、破片が聖王ヴィヴィオの後方、体外へと散らばっていく。 ゲルに受け止められ、床に寝かされたなのはの上に破片は散らばり、破片は空気に溶けるようにして消えていく。 聖王ヴィヴィオの体がくの字に折れてこちらも虹色の光となって空気に溶け消えていく。 RXのよく知る幼いヴィヴィオが光の中から落ちる。RXの姿に戻りながら、RXは寸前で体を掬い上げた。 時を同じくして、鼻血や他の負傷もそのままのフェイトから通信が開かれる。 『RX、よかった。こちらはスカリエッティの身柄を確保しました。そちらは大丈夫ですか!?』 「あ、ああ。でもすぐに三人を病院に運ばないと…フェイトも大丈夫かい?」 言いながらRXははえぐり取られた室内を見渡し、転がる三人を素早く集める。 特にダメージの深い二人を見てフェイトが顔を青くする。 『ひどい怪我……シグナム達がこんなになるなんて』 「君もひどい怪我だ。すぐに戻ったほうがいい」 『え…は、はい!! ゆりかごは、後から来る部隊(クロノ達)に任せましょう』 慌てて顔を手で隠すフェイトにRXは少し緊張を解す。 新しい画面が空中に開いた。 はやて達だ。こちらは特に怪我もなく、心配したりガジェットへの対処や怪獣が不意に起こす被害を気にして神経をすり減らして疲れた顔だった。 『みんな無事っ…とはいかんけど、大丈夫みたいやね。突然皆吹き飛ばされたりしたんやけどあれってやっぱり』 「すまない」 『ええんやって。ゲル化して皆を連れて戻ってくれます? 後のことは、うちらの手を離れてしもたから…』 はやては安堵した後、言葉を濁した。 『はやて?』 『えっと、先に皆を移動させてください。その後にちゃんと説明しますから』 言い捨てて画面が閉じられた。 RXとフェイトは画面越しに目を合わせて、首をかしげる。 すると、新たな通信画面が空中に開いてよく知った顔が映った。 『お久しぶりね』 「ウーノ!?」 スカリエッティの所へ戻ったはずのウーノが、スカリエッティ譲りの邪悪な笑顔を浮かべてRX達を見ていた。 どこかで事件を見ていたらしく、状況は把握しているようだった。 『RX、ゆりかごは教会と管理局で最低限の話はついたわ。ゆりかごは教会のものよ』 「どこに…!?」 姿を消した時と変わらない態度のウーノに、足元や手の中で呻く皆を見て言う。 『RXッ! 耳を傾けちゃダメです!!』 「…話なら、皆を病院に運ぶのが先だ」 『貴方なら一瞬よね。それくらいなら待つわ』 フェイトが何事か言おうとする。 しかしそれはゲル化によって遮られ、彼女等は皆病院や管理局地上本部へと瞬時に移動を果たした。 フェイトとの通信は開いたままだが、RXは一先ず話を聴くことにした。 『何を言うかなんて知りませんけど、絶対にいいことじゃありません!!』 『何いってるの。RXを助けようとしてるのに…!』 画面ごと迫ってくるフェイトに少し身を引くRXをウーノは面白くなさそうに見てから言う。 『『聖王のゆりかご』からヴィヴィオには辿りつく。ドクターの戦闘機人等の技術もある程度は手に入るわ』 「ヴィヴィオをまた…」 『またヴィヴィオを聖王にしようとするかはわからないけど、聖王陛下となる為の教育は求められてくるでしょうね。ドクターの技術は単に聖王様の力を強制的に引き出しただけだし』 「『ゆりかご』は破壊する…!」 RXが動き出そうとすると、はやてが通せんぼするように目の前に通信画面を開いた。 『ま、待ってーや! カリム…教会にはコネがあるからそんなことにはならんから…!! 教会が管理する事になったんやで!? 聖遺物なんて壊してもうたら重罪に問』 「すまない。皆のことを頼む」 『RX、壊すならハラオウン執務官がいた部屋のクリスタルを破壊すればゆりかごは壊れるわ』 『そそのかすんはやめって!!』 ウーノの指示を聞きながら、RXは首をひねってフェイトに顔を向けた。 「…フェイト。セッテやヴィヴィオを頼んでいいか?」 『は、はい…!』 『フェイトちゃんも何言ってるんよ!? あー…!! もう消えとる!?』 フェイトとスカリエッティが争った部屋に、RXは既に移動し終えていた。 まだ血などが残された部屋の中央で、『聖王のゆりかご』を動かすエネルギー源である巨大なクリスタルが赤い光を放っていた。 『こら! 陰険なアンタのことや!! なんか止めるようなネタないん!?』 『え、私かい? 『早く!!』…そうだな。以前『ゆりかご』はRXの故郷に攻め込んだという伝承があるから調べれば故郷に帰る手が見つかるとかかなぁ?』 玉座近く、先程までRXが立っていた辺りからするはやてやスカリエッティの声を聞きながら、RXは腰の中央で左手を握りしめた。 『どうせ聞いてるんやろ!? 聞いた!? 私達も協力して情報はとり出すから! 早まったことはせん…』 バックルに埋め込まれた宝玉から白い光が伸びた。眩い光は部屋中を埋め尽くしていた赤い光を払いながら線となり、空間を埋めて物質へと変わっていく。 光から生み出された柄を握り締め、残りの部分を生み出しながらRXは杖を引き抜く。 リボルケインを構えた右手で床を叩き、RXは自分の体より巨大なクリスタルへ向かって飛んだ。 空中で突き出されたリボルケインがクリスタルを保護していた障壁を割り、そのまま杖の先端がクリスタルへ突き刺さる。 RXが両手で柄を握り締め、杖は先端を捻りながら深く、クリスタルの中へ深く突き刺さっていった。 突き刺したのと同時に送り始めたエネルギーの一部が、火花となって反対側から吹き出していく。 送り込まれたエネルギーが、クリスタルを、そして『ゆりかご』の内部を駆け巡り、船体を突き破って白い光が船内のあちこちから飛び出した。 ミッドチルダの街や、『ゆりかご』内部、エネルギーを送り込むRXの仮面が照らされる。 RXがリボルケインを抜いた。 床に降りながらRXは血を振り払うようにリボルケインを振るう。 杖に残った破壊エネルギーがほんの僅かな間虚空に残り、RXと署名して消えた。 署名が消え、RXを内部に残したまま『聖王のゆりかご』は爆発した。 突然光を放ちだした『聖王のゆりかご』を見上げていた人々は突然の強い光に目を閉じ、爆発が収まるのを待とうとした。 どうなるか予想していたはやてとそれに習った者達が、サングラスをして見続ける中…RXらしき点が、爆発の中から落ちていく。 はやてのサングラスから光る何かが零れたような気がしたが気にする者は一人としていなかった。 まだ爆音が響く中で誰かがRXを呼んだ。 巨大な怪獣達が手を伸ばし、フェイトがいつかのようにRXを抱えるために飛び出した。 だが―RXの体は突如出現した何かに挟まれて、次元の壁を突き破って姿を消した。 「「「「「「「え…っ」」」」」」」 何が起こったか見えた者達は、すぐに気をとり直して呆れたり怒ったり、様々な反応を見せる。 『はやてごめん! 私、RXを助けに行ってくるから!』 『いや、アカンて。後始末あるんやから』 『そんな…セッテ!! 貴方はわからない!?』 『どうでしょうか…?』 『んもう…!』 ・ ・ ・ 幾つかの次元を突き抜けてから、ライドロンはアゴを緩めてRXを開放した。 咥えられていたRXが、連行されたことなどに悪態をつきながら車内に乗り込む。 「拾ってあげたし、情報も教えてあげたでしょ。感謝の言葉は?」 「こんな真似が必要だったとは思えないぞ。ライドロンもだ! なんでウーノに協力してるんだ!?」 運転席にはウーノがいた。RXがドアを閉めるとウーノはライドロンを更に加速させ、更に追跡を困難にするために別の管理世界へとライドロンを走らせようとする。 南光太郎の姿に戻りながらRX・光太郎はライドロンの車内を叩いた。 「あのままあそこに残っていた方が面倒なことになるんだから、よかったでしょう?」 「それは否定しないけどさっ」 シートにもたれ掛かる光太郎に、ウーノが勝ち誇ったような顔で言う。 「予め『ゆりかご』からデータは取っておいたわ。ギリギリだったし、まだどれがどれだかわからないけど多分貴方の故郷に行くのに必要なデータもあるはずよ」 「どうして、そんな用意がしてあるんだ」 「退職金代わりに色々なデータを貰っただけよ。貴方との取引にも使えそうなデータが他にもあると面白いんだけど…」 ハンドルを握ったまま、ウーノは光太郎に流し目を送った。 光太郎は返事を返さずに座っているシートを後ろへ倒そうとしていた。 車内にため息が漏れる。ライドロンが次元の壁を超える。 次の管理世界は時間が少しずれているのか、辺りは暗く、静かだった。 「……セッテや六課のお友達のことを確認したくても、教会と管理局の反応を待ってからにするのね」 「わかった。わかってるけど、何かあれば俺は皆を助けに行くぞ!」 「チッ………それは諦めてるわ」 舌打ちがやけに大きく車内に響き、そこで会話は途切れた。 空気を読んでライドロンは静かに走り続ける。 故郷の地球へ向かうデータを探しながらの逃亡生活を考えて光太郎は少し憂鬱になった。 無表情でウーノは運転を続け、光太郎は早々と目を閉じていた。 車内は暖かく、微かな振動が二人の体を揺さぶった。少しすると、光太郎の寝息が聞こえ始めた。ため息がまた漏れた。 落胆からではなかった。 こうなるとわかっていてやったとはいえ落胆するかと思っていた自分が、奇妙な気持ちに襲われたことに対して、ウーノはもう一つため息をついた。 元々ライドロンが自走することも出来る為運転を任せてウーノは視線を向け、次に手を向けて助手席の光太郎が眠っているのを確認して唇を開いた。 「ホントに世話がやけるんだから………」 寝具を取ってやろうか迷って体が動いたが、それを決める前にウーノは不思議なことを思った。 普段なら考えもしないことで、後でかなり長い間後悔することは確実だったが、どういうわけかウーノはもう一度光太郎が眠っているかどうかを確認した。 念入りに手で肩に触れて、顔を近づけても寝息が変わらないことや反射的に顔を顰めるだけだということを確かめ…耳元に唇を寄せた。 「…………~~……………っ……………………………………………………あ……………………………………………………………………………愛してるわ」 車内灯は付いておらず、顔色は誰にも見えなかった。 ライドロンがふざけて蛇行し、ウーノが叱った。 光太郎の眠りが薄くなる前に彼女は運転に戻った。 目覚める頃には、窓から入る光に照らされた顔も普段どおりの白さに戻さなければならなかった。 「…? 今揺れなかったか?」 「道が、悪かっただけよ」 ED 前へ 目次へ